論語と算盤 / 処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓
其時までは商売に学問は不要である、学問を覚えれば却つて害がある、『貸家札唐様で書く三代目』といつて、三代目は危険であるといふ時代であつた、そこで不肖ながら学問を以て利殖を図らねばならぬといふ決心で、商売人に変つたのであるけれども、併しそこまでは幾ら友人でも分らなかつたのだから、私の辞職を喧嘩だと合点し、酷く私を誤つて居るとして責めた、君も遠からず長官になれる、大臣になれる、お互に官にあつて国家の為に尽すべき身だ、然るに賤しむべき金銭に眼が眩み、官を去つて商人になるとは実に呆れる、今まで君をさういふ人間だとは思はなかつた、と言ふて忠告して呉れた、其時私は大に玉乃を弁駁し説得したが、私は論語を引合に出したのである、趙普が論語の半ばで宰相を助け、半ばで吾身を修めると言つた事などを引き、私は論語で一生を貫いて見せる、金銭を取扱ふが何故賤しいか、君のやうに金銭を卑しむやうでは国家は立たぬ、官が高いとか、人爵が高いとかいふことは、さう尊いものでない、
書き下し
その時までは商売に学問は不要である、学問を覚えればかえって害がある、『貸家札唐様で書く三代目』といって、三代目は危険であるという時代であった。そこで不肖ながら学問をもって利殖を図らねばならぬという決心で、商売人に変わったのであるけれども、しかしそこまではいくら友人でも分からなかったのだから、私の辞職を喧嘩だと合点し、ひどく私を誤っているとして責めた。君も遠からず長官になれる、大臣になれる、お互いに官にあって国家のために尽くすべき身だ、しかるに賤しむべき金銭に眼が眩み、官を去って商人になるとは実に呆れる、今まで君をそういう人間だとは思わなかった、と言うて忠告してくれた。その時私は大いに玉乃を弁駁し説得したが、私は論語を引き合いに出したのである。趙普が論語の半ばで宰相を助け、半ばで吾が身を修めると言った事などを引き、私は論語で一生を貫いて見せる、金銭を取り扱うがなぜ賤しいか、君のように金銭を卑しむようでは国家は立たぬ、官が高いとか、人爵が高いとかいうことは、そう尊いものでない。
現代語訳
その当時までは、商売に学問はいらない、学問を身につけるとかえって害がある、「貸家札唐様で書く三代目」と言って、三代目は危ない、という時代であった。そこで私は、不肖ながら学問によって利殖を図らなければならないという決心で商売人に転じたのであるが、そこまではいくら友人でも分からなかったのだから、私の辞職を喧嘩だと思い込み、私がひどく誤っていると責めた。君も遠からず長官になれる、大臣になれる、お互い官にあって国家のために尽くすべき身だ。それなのに卑しむべき金銭に目がくらみ、官を去って商人になるとは実にあきれる。今まで君をそういう人間だとは思わなかった――そう言って忠告してくれた。そのとき私は大いに玉乃に反論して説得したが、私は論語を引き合いに出したのである。趙普が、論語の半分で宰相として国を助け、半分で我が身を修めると言ったことなどを引いて、私は論語で一生を貫いてみせる。金銭を取り扱うことがなぜ卑しいのか。君のように金銭を卑しむようでは国家は成り立たない。官位が高いとか、人から与えられた爵位が高いとかいうことは、それほど尊いものではない。
解説
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『論語と算盤』処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓しかし論語は決して六ケ敷い学理ではない。六ケ敷いものを読む学者でなければ解らぬというようなものでない。論語の教は広く世間に効能があるので、元来解り易いものであるのを、学者が六ケ敷くしてしまい、農工商などのあずかり知るべきもので無いというようにしてしまった。商人や農人は論語を手にすべきもので無いというようにしてしまった。これは大なる間違である。このごとき学者は、たとえばやかましき玄関番のような者で、孔夫子には邪魔物である。こんな玄関番を頼んでは孔夫子に面会することは出来ぬ。孔夫子は決して六ケ敷屋でなく、案外捌けた方で、商人でも農人でも誰にでも会って教えてくれる方で、孔夫子の教は実用的の卑近の教である。
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『論語と算盤』処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓人間の勤むべき尊い仕事は到る処にある、官だけが尊いのではないといろいろ論語などを援いて弁駁し説きつけたのである。そして私は論語を最も瑕瑾のないものと思うたから、論語の教訓を標準として、一生商売をやって見ようと決心した。それは明治六年の五月のことであった。
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『論語と算盤』処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓明治六年官を辞して、年来の希望なる実業に入ることになってから、論語に対して特別の関係が出来た。それは始めて商売人になるという時、ふと心に感じたのは、これからはいよいよ銖錙の利もて世渡りをしなければならぬが、志をいかに持つべきかについて考えた。その時前に習った論語のことを思い出したのである。論語には己を修め人に交わる日常の教えが説いてある。論語は最も欠点の少ない教訓であるが、この論語で商売は出来まいかと考えた。そして私は論語の教訓に従って商売し、利殖を図ることが出来ると考えたのである。
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『論語と算盤』処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓そこへちょうど玉乃(世履)という岩国の人で、後に大審院長になり、書も達者、文も上手、いたって真面目な人で、役人中では玉乃と私とはマー循吏と言われていた。二人は官で非常に懇親にし、官も相並んで進み、勅任官になった。二人はともに将来は国務大臣になろうという希望を懐いて進んでいたのだから、私が突然官を辞して商人になるというを聞き、痛く惜しまれ、ぜひにと言って引き止めてくれた。私はその時井上さんの次官をしていたので、井上さんは官制の事について内閣と意見を異にし、ほとんど喧嘩腰で退いた。そして私も井上さんとともに辞したから、私も内閣と喧嘩して辞したように見えたのである。もちろん私も井上さんと同じく内閣と意見は違っていたけれども、私の辞したは喧嘩ではない、主旨が違う。私の辞職の原因は、当時の我が国は政治でも教育でも着々改善すべき必要がある。しかし我が日本は、商売が最も振るわぬ。これが振るわねば日本の国富を増進することが出来ぬ。これはいかにもして他の方面と同時に、商売を振興せねばならぬと考えた。
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『論語と算盤』理想と迷信・日新なるを要す商売は己を利することを眼目とするために、自分さえ利すればそれでよい、他人の迷惑は知らぬ存ぜぬという考えを持っている人がある。それゆえに利殖と道徳とは一致せぬという人もあるが、これは間違いで、そんな古い考えは今の世に通用させてはならぬ。維新頃までは、社会の上流、士大夫とも言うべき人は利殖に関係しないで、人格の低いものがこれに当たるというのであった。その後この風習は改まったが、まだ余喘を保っている。孟子は、利殖と仁義道徳とは一致するものであると言った。その後の学者がこの両者を引き離してしまった。仁義をなせば富貴に遠く、富貴なれば仁義に遠ざかるものとしてしまった。町人は素町人と呼びて賤められ、士のともに齢いすべきものでないとせられ、商人も卑屈に流れ、儲け主義一点張りとなった。これがために経済界の進歩は幾十年幾百年遅れたか分からぬ。今日は漸次消滅しつつあるが、まだ不足である。利殖と仁義の道とは一致するものであることを知らせたい。私は論語と十露盤とをもって指導しているつもりである。
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『論語と算盤』常識と習慣・人生は努力にあり人の世に成功するの要素として、智の必要なること、すなわち学問の必要なることはもちろんであるが、それのみをもって直ちに成功し得るものと思うは大なる誤解である。論語に「子路曰く、民人あり、社稷あり、何ぞ必ずしも書を読みて、しかる後に学ぶと為ん」とある。これは孔子の門人の子路の言である。すると孔子は「この故にかの佞者を悪む」と答えられた。この意は「口ばかりで、事実行われなくては駄目である」ということである。予はこの子路の言を善しと思っている。されば机上の読書のみを学問と思うのは甚だ不可のことである。
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