六祖壇経 / 付嘱品第十
付嘱品第十
書き下し
付嘱品(ふぞくほん)第十。
現代語訳
付嘱品(弟子たちに後事を託す章)第十。
解説
六祖壇経の最終章、付嘱品の題である。付嘱とは、師が弟子に教えと後事を託すことをいう。この品で慧能は、三科の法門と三十六対の説き方を弟子に授け、自らの死期を予告し、真仮動静偈や自性真仏偈を残して、曹渓を離れ新州の国恩寺で入滅する。衣鉢を誰にも伝えず、この壇経そのものを正法の拠りどころとせよと言い残す点が、この品の要である。組織の引き継ぎでも、肩書きや印を渡すことより、判断の拠りどころを言葉にして残すことの方が、後に残る者を長く支える。自分が去った後に何が残るかを考えることは、今の仕事の意味を問い直すことでもある。
関連する章句
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『六祖壇経』付嘱品第十師、一日門人法海・志誠・法達・神會・智常・智通・志徹・志道・法珍・法如等を喚びて曰く、『汝等は餘人と同じからず。吾が滅度の後、各〻一方の師と為らん。吾れ今汝に説法を教へて、本宗を失はざらしめん。先づ須らく三科の法門を舉げ、動用は三十六對、出沒すれば即ち兩邊を離るべし。一切の法を説くに自性を離るること莫かれ。忽ち人有りて汝に法を問はば、語を出だすこと盡く雙にし、皆な對法を取り、來去相ひ因れ。究竟には三法盡く除き、更に去る處無し』と。
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『六祖壇経』付嘱品第十次の年七月二十五日、龕より出だし、弟子才辯、香泥を以て之に上る。門人、首を取るの記を憶念し、遂に先ず鉄葉・漆布を以て、師の頸を固護して塔に入る。忽ち塔内に於いて、白光出現し、直ちに上りて天を衝き、三日にして始めて散ず。韶州奏聞し、勅を奉じて碑を立て師の道行を紀す。師、春秋七十有六、年二十四にして衣を伝え、三十九にして祝髪し、説法利生すること三十七載。旨を得て法を嗣ぐ者、四十三人、道を悟りて凡を超ゆる者、其の数を知る莫し。達摩の伝うる所の信衣、中宗の賜う摩納・宝鉢、及び才辯の塑せる師の真相、並びに道具等は、主塔の侍者之を尸り、永く宝林道場を鎮む。壇経を流伝して、以て宗旨を顕し、三宝を興隆し、普く群生を利する者なり。
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『六祖壇経』付嘱品第十師云う、『神会小師は、却って善不善等しきを得て、毀誉に動ぜず、哀楽生ぜず。余の者は得ず。数年山中にて、竟に何の道をか修せる。汝今悲泣するは、阿誰をか憂うと為す。若し吾が去処を知らざるを憂うるならば、吾自ら去処を知る。吾若し去処を知らずんば、終に預め汝に報ぜず。汝等の悲泣するは、蓋し吾が去処を知らざるが為なり。若し吾が去処を知らば、即ち合に悲泣すべからず。法性は本より生滅去来無し。汝等尽く坐せよ、吾汝が与に一偈を説かん、名づけて「真仮動静偈」と曰う。汝等此の偈を誦取し、吾と意同じくし、此れに依りて修行せば、宗旨を失わず』と。衆僧礼を作し、師に偈を作らんことを請う。偈に曰く、『一切に真有ること無し、真を見るを以てせず。若し真を見る者は、是の見は尽く真に非ず。若し能く自ら真有らば、仮を離るるは即ち心の真なり。自心仮を離れずんば、真無し、何れの処か真ならん。有情は即ち動を解し、無情は即ち動かず。若し不動の行を修せば、無情の不動に同じ。若し真の不動を覓めば、動上に不動有り。不動は是れ不動なり、無情には仏種無し。能く善く相を分別し、第一義にして動かず。但だ此くの如き見を作さば、即ち是れ真如の用なり。諸の学道の人に報ず、努力して須らく意を用うべし。大乗の門に于いて、却って生死の智に執する莫かれ。若し言下に相応せば、即ち共に仏義を論ぜよ。若し実に相応せずんば、合掌して歓喜せしめよ。此の宗は本より諍い無し、諍えば即ち道意を失う。逆に執して法門を諍えば、自性は生死に入る』と。時に徒衆、偈を説くを聞き已りて、普く皆礼を作し、並びに師の意を体し、各各心を摂めて、法に依りて修行し、更に敢えて諍わず。乃ち大師の久しく世に住せざるを知る。法海上座、再拝して問いて曰く、『和尚入滅の後、衣法は当に何人にか付すべき』と。師曰く、『吾、大梵寺に法を説きしより以て今に至るまで、抄録して流行し、目づけて「法宝壇経」と曰う。汝等守護して、遞相に伝授し、諸の群生を度せよ。但だ此の説に依らば、是れを正法と名づく。
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『六祖壇経』付嘱品第十空に執するの人は、経を謗りて直ちに文字を用いずと言う有り。即ち文字を用いずと云わば、人も亦た合に語言すべからず。只だ此の語言、便ち是れ文字の相なり。又云う、直道は文字を立てずと。即ち此の不立の両字も、亦た是れ文字なり。人の説く所を見て、便即ち他を謗りて文字に著すと言う。汝等須らく知るべし、自ら迷うは猶お可なり、又仏経を謗る。経を謗ることを要せざれ、罪障無数なり。若し外に相に著して、法を作して真を求め、或いは広く道場を立てて、有無の過患を説く、是くの如きの人は、累劫にも性を見るべからず。但だ法に依りて修行するを聴け。又百物を思わずして、道性に於いて窒礙すること莫かれ。若し説くを聴きて修せずんば、人をして反って邪念を生ぜしむ。但だ法に依りて修行し、住相無き法施をせよ。汝等若し悟らば、此れに依りて説き、此れに依りて用い、此れに依りて行じ、此れに依りて作せば、即ち本宗を失わず。若し人有りて汝に義を問わば、有を問えば無を将て対し、無を問えば有を将て対し、凡を問えば聖を以て対し、聖を問えば凡を以て対せよ。二道相因りて、中道の義を生ず。汝一問に一対し、余の問も一に此れに依りて作さば、即ち理を失わざるなり。設し人有りて問わん、「何をか名づけて暗と為す」と。答えて云え、「明は是れ因、暗は是れ縁なり。明没すれば則ち暗なり。明を以て晦を顕し、暗を以て明を顕す。来去相因りて、中道の義を成す。余の問も悉く皆此くの如し」と。汝等後に法を伝うるに、此れに依りて転た相教授し、宗旨を失うこと勿かれ。』師、大極元年壬子、延和の七月に門人に命じて新州の国恩寺に往きて塔を建てしめ、仍お工を促さしむ。次の年の夏末に落成す。七月一日、徒衆を集めて曰く、『吾八月に至りて、世間を離れんと欲す。汝等疑い有らば、早く須らく相問うべし。汝が為に疑いを破り、汝が迷いをして尽きしめん。吾若し去りて後は、人の汝に教うる無からん』と。法海等聞きて、悉く皆涕泣す。惟だ神会のみ有りて、神情動かず、亦た涕泣すること無し。
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『六祖壇経』付嘱品第十『釈迦文仏首めに伝う第一、摩訶迦葉(まかかしょう)尊者第二、阿難尊者第三、商那和修(しょうなわしゅ)尊者第四、優波毱多(うばきくた)尊者第五、提多迦(だいたか)尊者第六、弥遮迦(みしゃか)尊者第七、婆須蜜多(ばしゅみった)尊者第八、仏馱難提(ぶつだなんだい)尊者第九、伏馱蜜多(ふくだみった)尊者第十、脇尊者第十一、富那夜奢(ふなやしゃ)尊者第十二、馬鳴(めみょう)大士第十三、迦毘摩羅(かびまら)尊者第十四、竜樹大士第十五、迦那提婆(かなだいば)尊者第十六、羅睺羅多(らごらた)尊者第十七、僧伽難提(そうぎゃなんだい)尊者第十八、伽耶舎多(かやしゃた)尊者第十九、鳩摩羅多(くまらた)尊者第二十、闍耶多(しゃやた)尊者第二十一、婆修盤頭(ばしゅばんず)尊者第二十二、摩拏羅(まぬら)尊者第二十三、鶴勒那(かくろくな)尊者第二十四、師子尊者第二十五、婆舎斯多(ばしゃした)尊者第二十六、不如蜜多(ふにょみった)尊者第二十七、般若多羅(はんにゃたら)尊者第二十八、菩提達摩尊者第二十九、慧可大師第三十、僧璨大師第三十一、道信大師第三十二、弘忍大師、恵能、是れを三十三祖と為す。上より諸祖、各おの稟承有り。汝等向後、遞代に流伝し、乖誤せしむること毋かれ』と。大師、先天二年癸丑の歳八月初三日――是の年十二月、開元と改元す――国恩寺に於いて斎罷りて、諸の徒衆に謂いて曰く、『汝等各おの位に依りて坐せよ、吾汝と別れん』と。法海白して言う、『和尚何の教法を留めて、後代の迷人をして、仏性を見るを得しめん』と。
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『六祖壇経』付嘱品第十法身・報身及び化身、三身は本来是れ一身なり。若し性中に向かいて能く自ら見れば、即ち是れ成仏菩提の因なり。本化身より浄性を生じ、浄性は常に化身の中に在り。性は化身をして正道を行ぜしめ、当来円満して真に窮まり無し。淫性は本是れ浄性の因、淫を除けば即ち是れ浄性の身なり。性中に各自五欲を離れば、見性刹那に即ち是れ真なり。今生若し頓教の門に遇わば、忽ち自性を悟りて世尊を見ん。若し修行して仏と作らんことを覓めんと欲せば、知らず何れの処にか真を求めんと擬する。若し能く心中に自ら真を見れば、真有るは即ち是れ成仏の因なり。自性を見ずして外に仏を覓むれば、心を起こすこと総て是れ大痴人なり。頓教の法門今已に留む、世人を救度するには須らく自ら修すべし。汝当来の学道者に報ず、此の見を作さずんば大いに悠悠たらん」』と。師、偈を説き已りて、告げて曰く、『汝等好く住せよ。吾が滅度の後、世情の悲泣して涙を雨らし、人の弔問を受け、身に孝服を著くることを作す莫かれ。吾が弟子に非ず、亦た正法に非ず。但だ自らの本心を識り、自らの本性を見よ。動無く静無く、生無く滅無く、去無く来無く、是無く非無く、住無く往無し。恐らくは汝等心迷いて、吾が意を会せざらん、今再び汝に嘱して、汝をして性を見しむ。吾が滅度の後、此れに依りて修行せば、吾が在りし日の如し。若し吾が教えに違わば、縦い吾世に在るとも、亦た益有ること無し』と。復た偈を説きて曰く、『兀兀として善を修せず、騰騰として悪を造らず。寂寂として見聞を断じ、蕩蕩として心に著する無し』と。師、偈を説き已りて、端坐して三更に至り、忽ち門人に謂いて曰く、『吾行かん』と。奄然として遷化す。時に異香室に満ち、白虹地に属し、林木白に変じ、禽獣哀しみ鳴く。十一月、広・韶・新の三郡の官僚、洎び門人緇白、争いて真身を迎え、之く所を決する莫し。乃ち香を焚きて禱りて曰く、『香煙の指す処、師の帰する所ならん』と。時に香煙直ちに曹渓を貫く。十一月十三日、神龕並びに伝うる所の衣鉢を遷して回る。
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