六祖壇経 / 行由品第一
祖知悟本性,謂惠能曰:「不識本心,學法無益;若識自本心,見自本性,即名丈夫、天人師、佛。」三更受法,人盡不知,便傳頓教及衣缽。云:「汝為第六代祖,善自護念,廣度有情,流布將來,無令斷絕。聽吾偈曰:『有情來下種,因地果還生,無情亦無種,無性亦無生。』祖復曰:「昔達摩大師,初來此土,人未之信,故傳此衣,以為信體,代代相承。法則以心傳心,皆令自悟自解。自古,佛佛惟傳本體,師師密付本心;衣為爭端,止汝勿傳。若傳此衣,命如懸絲,汝須速去,恐人害汝。」惠能啟曰:「向甚處去?」祖云:「逢懷則止,遇會則藏。」三更,領得衣缽,五祖送至九江驛,祖令上船,惠能隨即把櫓。祖云:「合是吾渡汝。」惠能云:「迷時師度,悟了自度;度名雖一,用處不同。惠能生在邊方,語音不正,蒙師付法!今已得悟,只合自性自度。」祖云:「如是,如是。以後佛法,由汝大行矣。汝今好去,努力向南,不宜速說,佛法難起。」惠能辭違祖已,發足南行,兩月中間,至大庾嶺逐後數百人來,欲奪衣缽。一僧俗姓陳,名惠明,先是四品將軍,性行粗燥,極意參尋,為眾人先,趨及惠能。惠能擲下衣缽,隱草莽中。惠明至,提不動,乃喚云:「行者!行者!我為法來,不為衣來。」惠能遂出,坐盤石上。惠明作禮云:「望行者為我說法。」惠能曰:「汝既為法而來,可屏息諸緣,勿生一念,吾為汝說。」
新字:祖知悟本性,謂恵能曰:「不識本心,学法無益;若識自本心,見自本性,即名丈夫、天人師、仏。」三更受法,人尽不知,便伝頓教及衣鉢。云:「汝為第六代祖,善自護念,広度有情,流布将来,無令断絶。聴吾偈曰:『有情来下種,因地果還生,無情亦無種,無性亦無生。』祖復曰:「昔達摩大師,初来此土,人未之信,故伝此衣,以為信体,代代相承。法則以心伝心,皆令自悟自解。自古,仏仏惟伝本体,師師密付本心;衣為争端,止汝勿伝。若伝此衣,命如懸糸,汝須速去,恐人害汝。」恵能啓曰:「向甚処去?」祖云:「逢懐則止,遇会則蔵。」三更,領得衣鉢,五祖送至九江駅,祖令上船,恵能随即把櫓。祖云:「合是吾渡汝。」恵能云:「迷時師度,悟了自度;度名雖一,用処不同。恵能生在辺方,語音不正,蒙師付法!今已得悟,只合自性自度。」祖云:「如是,如是。以後仏法,由汝大行矣。汝今好去,努力向南,不宜速説,仏法難起。」恵能辞違祖已,発足南行,両月中間,至大庾嶺逐後数百人来,欲奪衣鉢。一僧俗姓陳,名恵明,先是四品将軍,性行粗燥,極意参尋,為衆人先,趨及恵能。恵能擲下衣鉢,隠草莽中。恵明至,提不動,乃喚云:「行者!行者!我為法来,不為衣来。」恵能遂出,坐盤石上。恵明作礼云:「望行者為我説法。」恵能曰:「汝既為法而来,可屏息諸縁,勿生一念,吾為汝説。」
書き下し
祖、本性を悟れるを知り、恵能に謂ひて曰く、「本心を識らずんば、法を学ぶも益無し。若し自らの本心を識り、自らの本性を見ば、即ち丈夫・天人師・仏と名づく」と。三更に法を受け、人尽く知らず。便ち頓教及び衣鉢を伝へて云ふ、「汝を第六代の祖と為す。善く自ら護念し、広く有情を度し、将来に流布して、断絶せしむること無かれ。吾が偈を聴け、曰く、『情有りて来りて種を下せば、地に因りて果還た生ず。情無ければ亦種無く、性無ければ亦生無し』と。祖復た曰く、「昔、達摩大師初めて此の土に来るに、人未だ之を信ぜず。故に此の衣を伝へて以て信体と為し、代代相承く。法は則ち心を以て心に伝へ、皆自ら悟り自ら解せしむ。古より、仏仏惟だ本体を伝へ、師師密かに本心を付す。衣は争ひの端為り、汝に止めて伝ふること勿れ。若し此の衣を伝へば、命懸糸の如し。汝須らく速やかに去るべし。人の汝を害せんことを恐る」と。恵能啓して曰く、「甚(いづ)れの処に向ひて去らん」と。祖云ふ、「懐に逢はば則ち止まり、会に遇はば則ち蔵(かく)れよ」と。三更に衣鉢を領得す。五祖送りて九江の駅に至り、祖、船に上らしむ。恵能随即ち櫓を把る。祖云ふ、「合(まさ)に是れ吾汝を渡すべし」と。恵能云ふ、「迷ふ時は師度し、悟り了れば自ら度す。度の名は一なりと雖も、用処同じからず。恵能は辺方に生まれ、語音正しからざるに、師の法を付するを蒙る。今已に悟ることを得たり。只だ合に自性にて自ら度すべし」と。祖云ふ、「是の如し、是の如し。以後の仏法は、汝に由りて大いに行はれん。汝今好く去れ。努力して南に向へ。速やかに説くに宜しからず、仏法起り難し」と。恵能、祖に辞違し已りて、足を発して南に行く。両月の中間に、大庾嶺に至る。後を逐ひて数百人来り、衣鉢を奪はんと欲す。一僧、俗姓は陳、名は恵明、先は是れ四品の将軍なり。性行粗燥にして、極意に参尋し、衆人の先と為り、恵能に趨(はし)り及ぶ。恵能、衣鉢を擲下して、草莽の中に隠る。恵明至り、提ぐるも動かず、乃ち喚びて云ふ、「行者、行者、我は法の為に来る、衣の為に来らず」と。恵能遂に出でて、盤石の上に坐す。恵明礼を作して云ふ、「望むらくは行者、我が為に法を説け」と。恵能曰く、「汝既に法の為にして来らば、諸縁を屏息して、一念をも生ずること勿れ。吾汝が為に説かん」と。
現代語訳
五祖は恵能が本性を悟ったことを知って言った。「本心を知らなければ、法を学んでも益はない。もし自らの本心を知り、自らの本性を見るなら、それを丈夫(大丈夫)・天人師(神々と人間の師)・仏と呼ぶのだ」。恵能は三更に法を受け、誰にも知られなかった。五祖は頓教(たちどころに悟る教え)と衣鉢(袈裟と鉢、法を継いだ証)を伝えて言った。「おまえを第六代の祖とする。よく自らを守り、広く生きとし生けるものを救い、将来に広めて、絶やすことのないようにせよ。私の偈を聞け。『心ある者が来て種を下ろせば、大地によって実がまた生じる。心なきものには種もなく、本性がなければ生もない』」。五祖はまた言った。「昔、達摩大師(禅宗の初祖)が初めてこの国に来たとき、人々はまだ信じなかった。そこでこの衣を伝えて信の証とし、代々受け継いできた。法そのものは心から心へと伝え、皆に自ら悟り自ら理解させるものだ。昔から、仏から仏へはただ本体を伝え、師から師へはひそかに本心を授けてきた。衣は争いの種となるから、おまえのところで止め、もう伝えてはならない。もしこの衣を伝えれば、命は細い糸にぶら下がるように危うくなる。おまえはすぐに立ち去れ。人がおまえを害するのが心配だ」。恵能は申し上げた。「どこへ行けばよいのか」。五祖は言った。「懐の字のつく地に出会ったら留まり、会の字のつく地に出会ったら身を隠せ」。三更に恵能は衣鉢を受け取った。五祖は九江(今の江西省九江)の渡し場まで見送り、恵能を船に乗せた。恵能はすぐに櫓を握った。五祖は言った。「私がおまえを渡してやるべきだ」。恵能は言った。「迷っているときは師が渡してくださるが、悟ったからには自分で渡る。渡すという言葉は一つでも、その使いどころは違う。恵能は辺境に生まれ、言葉の発音も正しくないのに、師から法を授かった。今はもう悟ることができた。自らの本性によって自ら渡るのが当然である」。五祖は言った。「そのとおりだ、そのとおりだ。これから先の仏法は、おまえによって大いに広まるだろう。さあ、よく行け。努めて南へ向かえ。急いで説いてはならない。仏法は興しにくいのだ」。恵能は五祖に別れを告げると、足を踏み出して南へ向かった。二か月ほどで大庾嶺(江西と広東の境の峠)に着いた。後から数百人が追ってきて、衣鉢を奪おうとした。その中に一人の僧がいた。俗姓は陳、名は恵明で、もとは四品の将軍であった。気性が荒く、懸命に探し回って、人々の先頭に立って恵能に追いついた。恵能は衣鉢を投げ出し、草むらの中に隠れた。恵明はやって来たが、衣鉢を持ち上げようとしても動かなかった。そこで呼びかけた。「行者よ、行者よ、私は法のために来たのであって、衣のために来たのではない」。恵能はそこで出てきて、大きな平たい石の上に座った。恵明は礼拝して言った。「どうか行者、私のために法を説いていただきたい」。恵能は言った。「おまえが法のために来たのなら、あらゆる縁をしずめて、一念も起こしてはならない。私がおまえのために説こう」。
解説
関連する章句
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『六祖壇経』行由品第一恵能曰く、「恵能、和尚に啓す。弟子が自心、常に智慧を生じ、自性を離れず、即ち是れ福田なり。未審(いぶか)し、和尚、何の務めをか作さしめんと教ふる」と。祖云ふ、「這(こ)の獦獠、根性大いに利なり。汝更に言ふこと勿れ。槽廠に著き去れ」と。恵能退きて後院に至るに、一行者有り、恵能を差して柴を破り碓(からうす)を踏ましむること、八月余を経たり。祖、一日忽ち恵能を見て曰く、「吾、汝の見の用ふべきを思ふも、悪人の汝を害せんことを恐れ、遂に汝と言はず。汝之を知るや否や」と。恵能曰く、「弟子も亦師の意を知り、敢へて行きて堂前に至らず、人をして覚らざらしむ」と。祖、一日諸の門人を喚びて総て来らしむ、「吾、汝に向ひて説かん。世人、生死事大なり。汝等終日只だ福田を求めて、生死の苦海を出離せんことを求めず。自性若し迷はば、福何ぞ救ふべけんや。汝等各去りて自ら智慧を看、自らの本心般若の性を取りて、各一偈を作り、来りて吾に呈して看せしめよ。若し大意を悟らば、汝に衣法を付して、第六代の祖と為さん。火急に速やかに去れ、遅滞するを得ず。思量すれば即ち用に中(あた)らず。見性の人は、言下に須らく見るべし。若し此の如き者は、刀を輪(まは)して陣に上るとも亦之を見ることを得ん」と。衆、処分を得て、退きて逓(たがひ)に相謂ひて曰く、「我等衆人、心を澄まし意を用ひて偈を作り、将(も)つて和尚に呈するを須ひず。何の益する所か有らん。神秀上座は、現に教授師為り、必ず是れ他(かれ)得ん。我が輩謾(みだ)りに偈頌を作るは、枉げて心力を用ふるなり」と。諸人、語を聞きて、総て皆心を息め、咸言ふ、「我等以後、秀師に依止せん。何ぞ偈を作るを煩はさん」と。神秀思惟す、「諸人の偈を呈せざるは、我が他の為に教授師為るが為なり。我須らく偈を作りて将て和尚に呈すべし。若し偈を呈せずんば、和尚如何ぞ我が心中の見解の深浅を知らん。我が偈を呈する意、法を求むるは即ち善、祖を覓むるは即ち悪、却つて凡心に同じく、其の聖位を奪ふと奚(なん)ぞ別たん。若し偈を呈せずんば、終に法を得ず。大いに難し、大いに難し」と。
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『六祖壇経』行由品第一恵能が厳父、本貫は范陽、左降せられて嶺南に流され、新州の百姓と作(な)る。此の身不幸にして、父又早く亡じ、老母孤遺せられ、移りて南海に来る。艱辛貧乏にして、市に於て柴を売る。時に一客有り柴を買ひ、送りて客店に至らしむ。客収め去り、能、銭を得て、却つて門外に出づるに、一客の経を誦するを見る。能、一たび経に「応(まさ)に著する所無くして、其の心を生ずべし」と云ふを聞きて、心即ち開悟し、遂に客に何の経を誦するかを問ふ。客曰く、「金剛経なり」と。復た問ふ、「何れの所より来りて、此の経典を持するや」と。客云ふ、「我、蘄州黄梅県の東禅寺より来る。其の寺は是れ五祖忍大師、彼に在りて主化し、門人一千有余なり。我、彼の中に到りて礼拝し、此の経を聴受す。大師常に僧俗に勧む、但だ金剛経を持せば、即ち自ら見性し、直ちに了して成仏すと」と。恵能、説くを聞き、宿昔に縁有りて、乃ち一客の銀十両を取りて恵能に与へ、老母の衣糧に充てしめ、教へて便ち黄梅に往きて五祖に参礼せしむるを蒙る。能、母を安置し畢(をは)りて、即便ち親を辞し、三十余日を経ずして、便ち黄梅に至り、五祖を礼拝す。祖問ひて曰く、「汝は何方の人ぞ。何物をか求めんと欲する」と。恵能対へて曰く、「弟子は是れ嶺南新州の百姓なり。遠く来りて師を礼し、惟だ仏と作らんことを求め、余物を求めず」と。祖言ふ、「汝は是れ嶺南の人、又是れ獦獠(かつりょう)なり。若為(いかん)ぞ仏と作るに堪へん」と。
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『六祖壇経』付嘱品第十今汝等が為に法を説きて、其の衣を付さず。蓋し汝等の信根淳熟して、決定して疑い無く、大事を任ずるに堪うるが為なり。然も先祖達摩大師の付授の偈の意に拠るに、衣は合に伝うべからず。偈に曰く、「吾本茲の土に来たり、法を伝えて迷情を救う。一花五葉を開き、結果自然に成る」と。』師復た曰く、『汝等若し種智を成就せんと欲せば、須らく一相三昧・一行三昧に達すべし。若し一切の処に於いて相に住せず、彼の相中に於いて憎愛を生ぜず、亦た取捨無く、利益成壊等の事を念ぜず、安閑恬静、虚融澹泊なる、此れを一相三昧と名づく。若し一切の処、行住坐臥に於いて、純一の直心にして、道場を動ぜず、其れ浄土を成す、此れを一行三昧と名づく。若し人二三昧を具うれば、地に種有りて、含蔵長養し、其の実を成熟するが如し。一相一行も、亦復た是くの如し。我今説法するは、猶お時雨の普く大地を潤すが如し。汝等の仏性は、諸を種子に譬う、茲の沾洽に遇いて、悉く皆発生す。吾が旨を承くる者は、決して菩提を獲、吾が行に依る者は、定んで妙果を証せん。吾が偈を聴け。曰く、「心地は諸種を含み、普雨に悉く皆萌す。頓悟して花情已みなば、菩提の果自ずから成る」と。』師、偈を説き已りて曰く、『其の法は無二、其の心も亦た然り。其の道は清浄にして、亦た諸相無し。汝等慎みて静を観じ、及び其の心を空しくすること勿かれ。此の心は本浄にして、取捨すべき無し。各自努力し、縁に随いて好く去れ』と。爾の時、徒衆礼を作して退く。大師、七月八日、忽ち門人に謂いて曰く、『吾新州に帰らんと欲す、汝等速やかに舟楫を理えよ』と。大衆哀しみ留むること甚だ堅し。師曰く、『諸仏の出現すら、猶お涅槃を示す。来る有れば必ず去る、理も亦た常に然り。吾が此の形骸、帰するに必ず所有り』と。衆曰く、『師此れより去らば、早晩か回るべき』と。師曰く、『葉落ちて根に帰す、来る時口無し』と。又問いて曰く、『正法眼蔵は、何人にか伝付する』と。師曰く、『道有る者は得、心無き者は通ず』と。
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『六祖壇経』行由品第一恵能曰く、「敢へてせず」と。宗、是に於て礼を作し、伝へ来れる衣鉢を告請して、大衆に出示せしむ。宗復た問ひて曰く、「黄梅の付嘱、如何が指授せし」と。恵能曰く、「指授は即ち無し。惟だ見性を論じ、禅定解脱を論ぜず」と。宗曰く、「何ぞ禅定解脱を論ぜざる」と。謂ひて曰く、「是れ二法為るが為に、是れ仏法ならず。仏法は是れ不二の法なり」と。宗又問ふ、「如何なるか是れ仏法不二の法」と。恵能曰く、「法師、涅槃経を講じて、仏性を明らかにする、是れ仏法不二の法なり。高貴徳王菩薩の仏に白して言ふが如し、『四重禁を犯し、五逆罪を作し、及び一闡提等は、当に善根仏性を断ずべきや否や』と。仏言はく、『善根に二有り、一には常、二には無常なり。仏性は常に非ず無常に非ず、是の故に断ぜず、名づけて不二と為す』と。一には善、二には不善なり。仏性は善に非ず不善に非ず、是れを不二と名づく。蘊と界とは、凡夫は二と見、智者は其の性の無二なるを了達す。無二の性は、即ち是れ仏性なり」と。印宗、説くを聞きて、歓喜合掌して言ふ、「某甲(それがし)の経を講ずるは、猶ほ瓦礫の如く、仁者の義を論ずるは、猶ほ真金の如し」と。是に於て恵能の為に剃髪し、願ひて事へて師と為す。恵能遂に菩提樹の下に於て、東山の法門を開く。恵能、東山に於て法を得て、辛苦受け尽し、命懸糸に似たり。今日、史君(使君)・官僚・僧尼・道俗と此の一会を同じくすることを得るは、累劫の縁に非ざること莫からんや。亦是れ過去生の中に、諸仏を供養し、同じく善根を種ゑ、方(まさ)に始めて如上の頓教、法を得るの因を聞くことを得たり。教は是れ先聖の伝ふる所にして、是れ恵能の自智にあらず。先聖の教を聞かんと願ふ者は、各浄心ならしめよ。聞き了らば、各自疑を除き、先代の聖人の如くにして別無からん」と。一衆、法を聞きて、歓喜し礼を作して退く。
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『六祖壇経』行由品第一此の偈を書し已るに、徒衆総て驚き、嗟訝せざる無く、各相謂ひて言ふ、「奇なる哉。貌を以て人を取るを得ず。何ぞ多時、他の肉身菩薩を使ふことを得たる」と。祖、衆人の驚怪するを見て、人の損害せんことを恐れ、遂に鞋を将て偈を擦り了(をは)りて曰く、「亦未だ見性せず」と。衆以て然りと為す。次の日、祖潜かに碓坊に至り、能の石を腰にして米を舂くを見て、語りて曰く、「道を求むるの人は、法の為に躯を忘る。当に是の如くなるべきか」と。乃ち問ひて曰く、「米熟するや未だしや」と。恵能曰く、「米熟すること久し。猶ほ篩(ふるひ)を欠く在り」と。祖、杖を以て碓を撃つこと三下して去る。恵能即ち祖の意を会し、三鼓に室に入る。祖、袈裟を以て遮り囲み、人をして見しめず、為に金剛経を説く。「応に住する所無くして其の心を生ずべし」に至りて、恵能言下に大悟し、一切万法、自性を離れず。
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『六祖壇経』行由品第一恵明、言下に大悟す。復た問ひて云ふ、「上来の密語密意の外に、還た更に密意有りや否や」と。恵能云ふ、「汝が与(ため)に説く者は、即ち密に非ず。汝若し返照せば、密は汝が辺に在り」と。明曰く、「恵明、黄梅に在りと雖も、実に未だ自己の面目を省みず。今指示を蒙るに、人の水を飲みて冷暖自ら知るが如し。今、行者は即ち恵明の師なり」と。恵能曰く、「汝若し是の如くならば、吾汝と同じく黄梅を師とせん。善く自ら護持せよ」と。明又問ふ、「恵明、今後甚れの処に向ひて去らん」と。恵能曰く、「袁に逢はば則ち止まり、蒙に遇はば則ち居れ」と。恵能又復た偈して曰く、「思はず亦相(かたど)らず、本体自ら如如たり。善悪皆是れ幻、見性即ち真如なり。念念留滞無し、何ぞ急に吾を追ふを労せん。衣鉢何ぞ奪ふに足らん、此を争ふは是れ迷徒なり。人に逢はば此の法を伝へよ、当下に真吾を識らん」と。明、礼して辞す。
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