驢鞍橋 / 卷中
一、六右息女出家望のよし、尤に候。若し出家候は、不淨觀を與へ可被申候。此の身は煩惱惡業の身也、不淨汚穢の身也、五臟六腑を思ふに、中々不淨至極せり。目汁鼻汁耳垢膿唾、毛の穴より出る汗、大小便、此の臭皮袋に著て六根門より出る也。何を以て是れを淸めんや。又此の躰を能く見るに、赤き肉はうじと成る、臭氣如何はかりならんや。此の骨はれておそろし。白き頭は見るもかなし。此の身にそなはる苦患は、生老病死の四つあり。求不得苦、怨憎會苦、愛別離苦、五盛陰苦の四にあり。合せて之を八苦と云ふ。又十惡あり。殺生、偸盜、邪婬は、身に着て三つの科なり。妄語、綺語、惡口、兩舌は、口に著て四の科也。貪欲、瞋恚、愚痴は、心に着て三の科也。合せて十惡といへり。然れは此の身に着て何の樂かあり、何の善根かあり、何の淸淨かあるや。
新字:一、六右息女出家望のよし、尤に候。若し出家候は、不浄観を与へ可被申候。此の身は煩悩悪業の身也、不浄汚穢の身也、五臓六腑を思ふに、中々不浄至極せり。目汁鼻汁耳垢膿唾、毛の穴より出る汗、大小便、此の臭皮袋に著て六根門より出る也。何を以て是れを清めんや。又此の体を能く見るに、赤き肉はうじと成る、臭気如何はかりならんや。此の骨はれておそろし。白き頭は見るもかなし。此の身にそなはる苦患は、生老病死の四つあり。求不得苦、怨憎会苦、愛別離苦、五盛陰苦の四にあり。合せて之を八苦と云ふ。又十悪あり。殺生、偸盗、邪婬は、身に着て三つの科なり。妄語、綺語、悪口、両舌は、口に著て四の科也。貪欲、瞋恚、愚痴は、心に着て三の科也。合せて十悪といへり。然れは此の身に着て何の楽かあり、何の善根かあり、何の清浄かあるや。
書き下し
一、六右息女出家望のよし、尤に候。若し出家候は、不浄観を与へ可被申候。此の身は煩悩悪業の身也、不浄汚穢の身也、五臓六腑を思ふに、中々不浄至極せり。目汁鼻汁耳垢膿唾、毛の穴より出る汗、大小便、此の臭皮袋に著て六根門より出る也。何を以て是れを清めんや。又此の体を能く見るに、赤き肉はうじと成る、臭気如何はかりならんや。此の骨はれておそろし。白き頭は見るもかなし。此の身にそなはる苦患は、生老病死の四つあり。求不得苦、怨憎会苦、愛別離苦、五盛陰苦の四にあり。合せて之を八苦と云ふ。又十悪あり。殺生、偸盗、邪婬は、身に着て三つの科なり。妄語、綺語、悪口、両舌は、口に著て四の科也。貪欲、瞋恚、愚痴は、心に着て三の科也。合せて十悪といへり。然れは此の身に着て何の楽かあり、何の善根かあり、何の清浄かあるや。
現代語訳
一、六右の娘が出家を望んでいるとのこと、もっともである。もし出家するなら、不浄観を与えられるがよい。この身は煩悩と悪業の身であり、不浄で汚れた身である。五臓六腑を思えば、まことに不浄の極みである。目やに・鼻汁・耳垢・膿・唾、毛穴から出る汗、大小便が、この臭い皮袋に付いて六根の門から出てくる。何によってこれを清められようか。またこの体をよく見ると、赤い肉はうじとなり、その臭気はどれほどであろうか。骨はあらわになって恐ろしく、白い頭は見るも悲しい。この身に備わる苦しみには、生・老・病・死の四つがある。さらに求不得苦・怨憎会苦・愛別離苦・五盛陰苦の四つがある。合わせてこれを八苦という。また十悪がある。殺生・偸盗・邪淫は身に付いた三つの罪である。妄語・綺語・悪口・両舌は口に付いた四つの罪である。貪欲・瞋恚・愚痴は心に付いた三つの罪である。合わせて十悪という。そうであれば、この身に付いて何の楽しみがあり、何の善根があり、何の清浄があろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、此身元より有るにあらず、始めは一滴にして次第に大に成り、人間の体と成る。元来是れ悪業煩悩のかたまりにて、不浄なる物也。目汁鼻汁大小便、一つとして清き事なし。扨その中に包み来るみあげは何なれば、先づ菩提心をも持ち来らす、慈悲心をも持ち来らす、只悪い愛い怪い食いと三毒を根本として、四苦八苦十悪五逆八万四千の悪業煩悩計りを包み来りて、一生此念に責められ、永劫悪趣に輪廻し、大苦を受くる事口惜きにあらずや。深く此道理を信して此腐れ肉に惑はさるべからず。此身を思ふ念をさへ離れば、安楽なるべし。喩へば人来りて頸を乞はんに、指出してなにともなく取らするほどに至らば、何の苦みかあらんや。亦何の煩悩か碍らんやと也。
-
『驢鞍橋』卷下去る暁、衆中に向て曰く、扨てもたわけたこと哉、何の変も無い物を楽むこと也。立つも苦、居るも苦、熱も苦、寒も苦、痛も苦、痒も苦、病苦死苦有り、扨て又随ふを愛し、背くを怨み、扨て扨ていやな苦体哉。平生此の道理計を考へたるか能き也。誠に此の腐物に付で一として楽むべきこと無きか、何としても秘蔵にて居る也。
-
『驢鞍橋』卷下一日去る人自己を守らんとするに、取着き処無くして守れぬと云ふに示して曰く、中々好き合手こそあれ。先つ此身痛く痒く熱く寒く、四苦八苦満み満み不浄は積て湛へたり。扨て心中には八万四千の悪業煩悩の苦有り、やれやれいやな体哉。あな憎くの心め哉と此身心を合手にして、きつと睨付けて守るべし。之に增したる合手有らんや。我は始めより憂かりこの機がきつと備はり、此身に使はれ責めらるゝことかうゝて有りしに仍て、抜かしたうても自ら抜けす。左なき人は我悪いことに眼を付けて守るの外なし。必ずこの糞袋を合手にして、きつと張合て守るへし。如是なしてこそ、二王の機と云ふことをも知り、実も薄く成り、心も次第に自由に成るべし。総じて修行は、今使はるゝ様にすへき也。
-
『驢鞍橋』卷中如是なる身を愛するを愚人と云ひ、殺得するを道者とす。此の理を忘れすして、捨身を本意として行脚すへし。油断あらは、大地獄に入るへし。此の身を捨て切り、浮世にはなれ切らずは、仏果に到る事有るへからす。食乏しき時は、此の身に餓鬼ある事を知て責むへし。瞋恚の発る時は、則ち地獄の衆生なる事を知て責むへし。愚痴蒙昧の時は、則ち畜生なりと知て責むへし。大小便の時は、臭肉不浄を以て責むへし。起居動静について臭皮袋を責めて、終に責め破る時節有らは、即心成仏なるへし。是れを日々に読みて責むへし。必す読み聞かすへし。懈怠有るからす。已上。
-
『驢鞍橋』卷下又曰く、常に身にうますべからす。濡袋の使、殺してくれんずと思ひ定て、身を打捨て使はるべし。総而若い衆能く心得めされよ。老婆は、も早色体の役に各なし。心一つの勤め也。若い衆の色のうるはしきは、悪血多き故也。其証拠には、あのお姥と其方達とならべて焼きたらば、其方抔臭かるべし。誠に婬欲一つも、大なる苦也。その故は、如是一座に双び居ても、その心なき者は楽也。扨てその心有る者は、增りて苦むに非すや。能く能く真実を起し、如何なる悪因にて、拙き女性と生れ来るか、又生々如是にて有らんか、口惜き次第也と、仏前に於て大願を起して、今度此の身を救ひめされよ、縦ひ出離迄こそなくとも、せめて変成男子ほどにせずんば、人界に生を得たる甲斐無し。又一生に成仏すると云ふ道理も、疑ひ無きこと也。
-
『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下又経中ニ。人ノ身中。臓腑骨肉。皮膚ノ間。処処ニ虫有テ住ス。常ニ八万戸ノ虫有テ。日夜咳食シテ。暫モ止トキナイトアルシヤ。此虫ノカタマリニ臭皮一重ヲ着セテ。人間ト名ツクル。飲食モ目ニ見口ニ入レ喉ヲ通ルマテヲ。且ク人間ノ食トス。身内ニ入竟レハ。此衆多蠢蠢タル虫ノ争ヒ食スル所トナル。此虫ノ余分カ血トナリ肉トナリ。二便トモナリ。暫ク総身ヲ養テ。目カ見ル。耳カ聞ク。舌カ動ク。此処ニ人間ハ虫ノ所作アルコトヲ知ラズ。虫ハ人間アルコトヲ知ラス。唯憍慢貪瞋ノミヲ逞シ居ルシヤ。此不浄聚肉血ノカタマリ物カ元来カクアルニ因テ。日夜唯苦悩シ。飢渇寒熱常ニ相倶ナフテ相離レヌ。一切憂愁常ニ随逐スル。此ニ極タコトシヤ。タトヒ富楼那ノ弁ヲ以テ云マハシテモ。言ヒ消レヌコトシヤ。先此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る