驢鞍橋 / 卷下
一日去る人自己を守らんとするに、取着き處無くして守れぬと云ふに示して曰く、中々好き合手こそあれ。先つ此身痛く痒く熱く寒く、四苦八苦滿み滿み不淨は積て湛へたり。扨て心中には八萬四千の惡業煩惱の苦有り、やれやれいやな躰哉。あな憎くの心め哉と此身心を合手にして、きつと睨付けて守るべし。之に增したる合手有らんや。我は始めより憂かりこの機がきつと備はり、此身に使はれ責めらるゝことかうゝて有りしに仍て、抜かしたうても自ら拔けす。左なき人は我惡いことに眼を付けて守るの外なし。必ずこの糞袋を合手にして、きつと張合て守るへし。如是なしてこそ、二王の機と云ふことをも知り、實も薄く成り、心も次第に自由に成るべし。總じて修行は、今使はるゝ樣にすへき也。
新字:一日去る人自己を守らんとするに、取着き処無くして守れぬと云ふに示して曰く、中々好き合手こそあれ。先つ此身痛く痒く熱く寒く、四苦八苦満み満み不浄は積て湛へたり。扨て心中には八万四千の悪業煩悩の苦有り、やれやれいやな体哉。あな憎くの心め哉と此身心を合手にして、きつと睨付けて守るべし。之に增したる合手有らんや。我は始めより憂かりこの機がきつと備はり、此身に使はれ責めらるゝことかうゝて有りしに仍て、抜かしたうても自ら抜けす。左なき人は我悪いことに眼を付けて守るの外なし。必ずこの糞袋を合手にして、きつと張合て守るへし。如是なしてこそ、二王の機と云ふことをも知り、実も薄く成り、心も次第に自由に成るべし。総じて修行は、今使はるゝ様にすへき也。
書き下し
一日去る人自己を守らんとするに、取着き処無くして守れぬと云ふに示して曰く、中々好き合手こそあれ。先つ此身痛く痒く熱く寒く、四苦八苦満み満み不浄は積て湛へたり。扨て心中には八万四千の悪業煩悩の苦有り、やれやれいやな体哉。あな憎くの心め哉と此身心を合手にして、きつと睨付けて守るべし。之に增したる合手有らんや。我は始めより憂かりこの機がきつと備はり、此身に使はれ責めらるゝことかうゝて有りしに仍て、抜かしたうても自ら抜けす。左なき人は我悪いことに眼を付けて守るの外なし。必ずこの糞袋を合手にして、きつと張合て守るへし。如是なしてこそ、二王の機と云ふことをも知り、実も薄く成り、心も次第に自由に成るべし。総じて修行は、今使はるゝ様にすへき也。
現代語訳
ある日、ある人が、自己を守ろうとするが、取りつくところがなくて守れない、と言うので、示して言われた。なかなか良い相手があるではないか。まず、この身は痛く、痒く、暑く、寒く、四苦八苦が満ち満ちて、不浄は積もってたたえている。さて、心の中には八万四千の悪業煩悩の苦がある。やれやれ、嫌な体だな、ああ憎い心めだな、と、この身と心を相手にして、きっと睨みつけて守りなさい。これにまさる相手があろうか。私は始めから、憂かりの気迫がきっと備わり、この身に使われ責められることがこうであったので、抜かしたくても自然と抜けない。そうでない人は、自分の悪いところに目をつけて守るほかはない。必ずこの糞袋を相手にして、きっと張り合って守りなさい。このようにしてこそ、仁王の気迫ということも知り、実有の念も薄くなり、心も次第に自由になるだろう。おおよそ修行は、今使われているようにするべきである。
解説
この章句が説くこと
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