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十善法語 / 巻第十二・不邪見戒之下

又經中ニ。人ノ身中。臟腑骨肉。皮膚ノ間。處處ニ蟲有テ住ス。常ニ八萬戶ノ蟲有テ。日夜咳食シテ。暫モ止トキナイトアルシヤ。此蟲ノカタマリニ臭皮一重ヲ着セテ。人間ト名ツクル。飮食モ目ニ見口ニ入レ喉ヲ通ルマテヲ。且ク人間ノ食トス。身內ニ入竟レハ。此衆多蠢蠢タル蟲ノ爭ヒ食スル所トナル。此蟲ノ餘分カ血トナリ肉トナリ。二便トモナリ。暫ク總身ヲ養テ。目カ見ル。耳カ聞ク。舌カ動ク。此處ニ人間ハ蟲ノ所作アルコトヲ知ラズ。蟲ハ人間アルコトヲ知ラス。唯憍慢貪瞋ノミヲ逞シ居ルシヤ。此不淨聚肉血ノカタマリ物カ元來カクアルニ因テ。日夜唯苦惱シ。飢渴寒熱常ニ相倶ナフテ相離レヌ。一切憂愁常ニ隨逐スル。此ニ極タコトシヤ。タトヒ富樓那ノ辨ヲ以テ云マハシテモ。言ヒ消レヌコトシヤ。先此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。

新字:又経中ニ。人ノ身中。臓腑骨肉。皮膚ノ間。処処ニ虫有テ住ス。常ニ八万戸ノ虫有テ。日夜咳食シテ。暫モ止トキナイトアルシヤ。此虫ノカタマリニ臭皮一重ヲ着セテ。人間ト名ツクル。飲食モ目ニ見口ニ入レ喉ヲ通ルマテヲ。且ク人間ノ食トス。身内ニ入竟レハ。此衆多蠢蠢タル虫ノ争ヒ食スル所トナル。此虫ノ余分カ血トナリ肉トナリ。二便トモナリ。暫ク総身ヲ養テ。目カ見ル。耳カ聞ク。舌カ動ク。此処ニ人間ハ虫ノ所作アルコトヲ知ラズ。虫ハ人間アルコトヲ知ラス。唯憍慢貪瞋ノミヲ逞シ居ルシヤ。此不浄聚肉血ノカタマリ物カ元来カクアルニ因テ。日夜唯苦悩シ。飢渇寒熱常ニ相倶ナフテ相離レヌ。一切憂愁常ニ随逐スル。此ニ極タコトシヤ。タトヒ富楼那ノ弁ヲ以テ云マハシテモ。言ヒ消レヌコトシヤ。先此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。

書き下し

又経中ニ。人ノ身中。臓腑骨肉。皮膚ノ間。処処ニ虫有テ住ス。常ニ八万戸ノ虫有テ。日夜咳食シテ。暫モ止トキナイトアルシヤ。此虫ノカタマリニ臭皮一重ヲ着セテ。人間ト名ツクル。飲食モ目ニ見口ニ入レ喉ヲ通ルマテヲ。且ク人間ノ食トス。身内ニ入竟レハ。此衆多蠢蠢タル虫ノ争ヒ食スル所トナル。此虫ノ余分カ血トナリ肉トナリ。二便トモナリ。暫ク総身ヲ養テ。目カ見ル。耳カ聞ク。舌カ動ク。此処ニ人間ハ虫ノ所作アルコトヲ知ラズ。虫ハ人間アルコトヲ知ラス。唯憍慢貪瞋ノミヲ逞シ居ルシヤ。此不浄聚肉血ノカタマリ物カ元来カクアルニ因テ。日夜唯苦悩シ。飢渇寒熱常ニ相倶ナフテ相離レヌ。一切憂愁常ニ随逐スル。此ニ極タコトシヤ。タトヒ富楼那ノ弁ヲ以テ云マハシテモ。言ヒ消レヌコトシヤ。先此事ヲ決徹シテ疑ハネハ。聖智見ヲ得ル基トナル。

現代語訳

また経の中に、人の身の中の、内臓や骨や肉や皮膚の間のあちこちに虫がいて住んでいる。常に八万戸の虫がいて、日夜食べ続けて、しばらくも止む時がない、とある。この虫の塊に臭い皮を一重着せて、人間と名づける。飲食も、目で見て、口に入れ、喉を通るまでを、しばらく人間の食事とする。体の内に入り終われば、この数多くのうごめく虫が争って食べるものとなる。この虫の食べ残しが血となり肉となり、大小の便ともなる。しばらく全身を養って、目が見、耳が聞き、舌が動く。ここで人間は虫の働きがあることを知らない。虫は人間があることを知らない。ただ憍慢と貪りと怒りばかりを振るっているのである。この不浄の集まり、肉と血の塊物が、もともとこのようであるから、日夜ただ苦しみ悩み、飢えと渇き、寒さと暑さが常に伴って離れない。一切の憂いが常につき従う。これは決まりきったことである。たとえ富楼那の弁舌で言い回しても、言い消すことはできないことである。まずこのことをとことん見極めて疑わなければ、聖なる智見を得る基となる。

解説

経に、人の体内には八万の虫が住むと説かれることを引き、人間を虫の住みかに皮を着せたものと見る。富楼那は釈尊の十大弟子の一人で、説法第一と呼ばれた。今日でいえば腸内の微生物にも通じる見方だが、尊者の狙いは、自分の体さえ自分の思い通りの持ち物ではないと気づかせることにある。飢えや寒さの苦しみが離れないのは体の成り立ちそのものだから、そこを直視すれば智見の基になる。自分が一人で生きているという思い上がりを緩める視点である。

この章句が説くこと

不浄観憍慢貪欲瞋恚富楼那

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