驢鞍橋 / 卷中
一、常に心を持つへき樣、强馬に乘りたる時の心を忘れす、晝夜守べし。油斷せは、煩惱の敵發り來て、苦患惡業ある□。一、心をはりかけ、眼をすゑて奧牙をかみ合せ、生死を急に守て、忽ち死する心を用ふべし。一、千騎萬騎の敵の中へ唯一人かけ入る心を守るへし。如此持て此の心純熟する時は、心無事にして、萬事に使ふに自由なるへし。藝能にも此の心を使はずは上手にあらす。武勇の働も、此の心なくて不叶。人に交り公界へ出て物を云ふとも、此の心なくは不自由なるへし。
新字:一、常に心を持つへき様、強馬に乗りたる時の心を忘れす、昼夜守べし。油断せは、煩悩の敵発り来て、苦患悪業ある□。一、心をはりかけ、眼をすゑて奥牙をかみ合せ、生死を急に守て、忽ち死する心を用ふべし。一、千騎万騎の敵の中へ唯一人かけ入る心を守るへし。如此持て此の心純熟する時は、心無事にして、万事に使ふに自由なるへし。芸能にも此の心を使はずは上手にあらす。武勇の働も、此の心なくて不叶。人に交り公界へ出て物を云ふとも、此の心なくは不自由なるへし。
書き下し
一、常に心を持つへき様、強馬に乗りたる時の心を忘れす、昼夜守べし。油断せは、煩悩の敵発り来て、苦患悪業ある□。一、心をはりかけ、眼をすゑて奥牙をかみ合せ、生死を急に守て、忽ち死する心を用ふべし。一、千騎万騎の敵の中へ唯一人かけ入る心を守るへし。如此持て此の心純熟する時は、心無事にして、万事に使ふに自由なるへし。芸能にも此の心を使はずは上手にあらす。武勇の働も、此の心なくて不叶。人に交り公界へ出て物を云ふとも、此の心なくは不自由なるへし。
現代語訳
一、常に心を保つべきありさまは、荒馬に乗っている時の心を忘れず、昼も夜も守りなさい。油断すれば煩悩の敵が起こってきて、苦しみと悪業が生じる。一、心を張りつめ、眼を据えて奥歯をかみ合わせ、生死を差し迫ったこととして守り、今すぐ死ぬという心を用いなさい。一、千騎万騎の敵の中へただ一人で駆け入る心を守りなさい。このように保って、この心が熟したときには、心は無事で、どんなことに使っても自由である。芸能でもこの心を使わなければ上手にはなれない。武勇の働きもこの心がなくてはかなわない。人と交わり、公の場に出て物を言うにしても、この心がなければ不自由である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、誰も憂き事に逢ふては死に度き事も有るべし。只栄耀にして機をへらし居られば、老ても命の惜き事は、若者と替りあるべからす。少々にして娑婆の隙明くべからず。其方達も十二時中眼をすゑ、拳を握り、せぼねを引立て、臍の下より勇猛の心湧出づる程に修すべしと也。
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『驢鞍橋』卷中又勇猛精進の武士を頭とし、幻化無常の剣を用ゐて、自己の本源に向て、十二時中切に急に責め入るへしと云ふは、勇猛の機起れは、捨身自由に使ふほとに頭也。扨てたは事たは事と時々に責め入れは、つんつと切るゝ物也。故に剣也。勇猛の機熟すれは、自ら出る物也。又自己を守るの段に、常に六根門を堅く守て、煩悩の賊を防くへしと云ふは、自巳を守る事也。六所にて守ると云ふ事にはあらす。自己をさへ能く守れは、どつこも治る也。又一句を守るへしと云ふより末は、言句に著て自巳を守る位ぞと也。
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『驢鞍橋』卷中又本来心の異名を知るへし。金剛の正体とも、堅固法身とも云ふ。此の心物にかゝはらす、恐れす驚かず、憂へず退かず不動不変にして、一切の主人となる。如是通徹して用ゐ得るを、大丈夫の漢、鉄心肝、達道人抔と云ふ也。此の人万念に碍られす、万事を使ひ得て大自在也。然る間、仏道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し。如是大丈夫、鉄心肝に至る事なる間、只此の勇猛の心一つなりとのみこんで、一頭に強き心を用ゐよと云ふ事也。是れ一つをさへ聞しめさるれは、用は調ふ也。皆爰をうつかと見らるゝに仍て、ぐどつくと也。
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『驢鞍橋』卷下因に曰く、修行と云ふは、機を抜さぬこと一つ也。喩へば機を抜し居る時は、大勢にときをとつと上られては、其儘機を取られて、ぐつとひしげる物也。扨て又機を抜さず居る則んば、大勢にわつと云はれては、其儘その声に乗つてわつと云ふて懸らるゝもの也。大勢の声が却て味方の力に成る物也。何たる强者なりとも、機を抜して居らば、二の息に成るべし。又抜さず守り居ん時、思懸なき処にて、人わつと云へば、其の声に乗て、わつと云つて驚く心少しも有るべからずと也。
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『驢鞍橋』卷下一日、示して曰く、常に禅定に住し習ふべしと言ふは、常住機を抜さぬこと也。明日死すと窮らば、無理にも機は抜されまし、死を忘るゝ故に、機は抜ける也。歯を喰合せ眼をすゑ、只今死すと守るべし。何としても只は抜けかちの物也。責めて憂成るほどなくては叶はす。勇猛の機も、是れより出つる也。扨て又只今死するは、眼前のこと也。油断せらるゝことに非ずと也。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、修行と云ふは勇猛の機一つ也。此心無くんば何たる行業も何たる善心も、皆徒事也。如来坐禅と二王坐禅と、あまり隔てあるべからず。面に現はしたると内に用ゐたるの替りなるべし。勇猛の機なくして、なにとして凡夫心にて死する時少しも使はれんや。亦なにを以て一切に勝つへきや。我は此機を頓て修し出したる間、人毎に頓て移らんずと思へとも、一人でも受けたる者なし。然れば是れ迄も修し付け難く、移し難き物と見えたり。時に去る者問、如何様にして此機を修し出すべきや。師示日、眼をすゑて死習ふ外なし。此糞袋をかたきにしてひた責めに責むべし。我が書く処の捨身の位、自己を守るの位をよく見て修せば、必す此機自然に起るへしと也。
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