驢鞍橋 / 卷中
シテ上我此の時たはふれに一首の歌を詠じける。捨る身に殘る心のあらざれば迷ひ悟り云ふこともなし。下同むつかしの僧の敎化やワキ詞さておことはいかなる人そ。シテ詞はづかしなから名乘候ふへし。是は出羽の郡司小野の良實か娘小野の小町かなれる果にて候ふ。二人よいたはしや小町は。さも古へは遊女にて。花のかたちかゝやき。桂のまゆづみ靑ふして。白粉を施さす。羅綾の衣數々に蘭麝の匂ひみちみち瓊殿の間にあまりしそかし。
新字:シテ上我此の時たはふれに一首の歌を詠じける。捨る身に残る心のあらざれば迷ひ悟り云ふこともなし。下同むつかしの僧の教化やワキ詞さておことはいかなる人そ。シテ詞はづかしなから名乗候ふへし。是は出羽の郡司小野の良実か娘小野の小町かなれる果にて候ふ。二人よいたはしや小町は。さも古へは遊女にて。花のかたちかゝやき。桂のまゆづみ青ふして。白粉を施さす。羅綾の衣数々に蘭麝の匂ひみちみち瓊殿の間にあまりしそかし。
書き下し
シテ上我此の時たはふれに一首の歌を詠じける。捨る身に残る心のあらざれば迷ひ悟り云ふこともなし。下同むつかしの僧の教化やワキ詞さておことはいかなる人そ。シテ詞はづかしなから名乗候ふへし。是は出羽の郡司小野の良実か娘小野の小町かなれる果にて候ふ。二人よいたはしや小町は。さも古へは遊女にて。花のかたちかゝやき。桂のまゆづみ青ふして。白粉を施さす。羅綾の衣数々に蘭麝の匂ひみちみち瓊殿の間にあまりしそかし。
現代語訳
(シテ上)私はそのとき戯れに一首の歌を詠んだ。「捨てた身に残る心がないのだから、迷いとも悟りとも言うこともない」。(下・同)面倒な僧の教化だこと。(ワキ詞)さて、あなたはどういう人か。(シテ詞)恥ずかしながら名のりましょう。これは出羽の郡司、小野良実の娘、小野小町のなれの果てでございます。(二人)ああ痛ましいことよ、小町は。昔はまことに遊女のように華やかで、花の姿は輝き、桂の眉墨は青く、白粉も施さずに美しく、薄絹や綾の衣を数々まとい、蘭麝の香りが満ち満ちて、玉の御殿の間にあふれていたものを。
解説
この章句が説くこと
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『驢鞍橋』卷中下シテ和歌の挙世にすぐれ下同月を友とし花にめで。万里の外に心をつくし。露霜雪のあはれをも言葉のたねと詠じつゝ優にやさしき有様を。いつその程に引かへて。上歌頭に霜蓬を頂き。嬋娟たりし両髪もはだへにかじけてす乱れ宛転たりし双蛾も。遠山の色を失ふ。百年に一とせたらぬつくもがみ。かゝる気色は有明の。影あはれなるかな。上ロンキくびにかけたる袋には。いかなるものを入れたるう。シテ上けふも命はしらねどもあすのうへをたすけんと。粟と豆のかれいひを袋に入れて持たるよ。上地域に負へる袋には。ルレツ下くにのあかづける衣あり。地脇にかけむるあじがにば。白黒の田鳥子あり地破れ蓑。シテ破れ笠。地面はかりもかくさねは。シテまして霜雪雨露。同かる圧を払ふべき袂も袖おあらはでそ。今は路頭にさすらへの。往来の人に物を乞ひ。野に臥し山を家として。ことはる心は更になし。
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『驢鞍橋』卷中次第シテ身は浮草をさうふ水□□流の末のいかならん。サシ旅老母若女哀やげに古へは憍慢尤甚しう。翡翠のかんざしは婀娜と嬋娟にして。楊柳の春の風になびくが如し。桃花の唇鶯舌囀り露を含める糸萩の花にたぐへし。今は民間しづのめにさへきたなまれ。諸人に耻をさらし。嬉しからぬ月日身に積り。百年の姥となつて候ふ。下歌都は人目つゝましや。若しもろれかといふまぐれ。上歌月もろともに出てゝ行く出てゝ行く雲井百敷や。大内山の山守もかゝるうき身はよもとがめじ。木がくれてよしなや。鳥羽の恋塜秋の山。月の桂の川瀬舟。浮ふや法の道ならん。
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『驢鞍橋』卷中シテ詞姥古人云ふ心は万境によつて転ず。転処実に能幽也。流に随て性を認得すれは喜もなく亦憂もなしと也。我もさすらへの身なれは。流に随て下り候ふへし村々里々を過き。天王寺に着て候ふ。是れより住吉へと心ざし。阿部野の原に立出ぬ。是に朽木の候ふ。腰をかけてやすまはやと思ひ候ふ。ワキ同はや日も西に山にかたぶきぬ。道を急かうするにて候ふや。是れなる乞食の腰かけたるは。正しく卒都婆にて候ふ。教化してのけうずるにて候ふ。いかに是れなる乞丐人。おことの腰かけたるは。忝くも仏体色性の卒都婆にてはなきかで立ちのきて余の所にやすみ候へ
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『驢鞍橋』卷中おもかげ小町山はあさきにかくれがの山はあさきにかくれがの。深きや心なるらん、ワキ詞是は高野山より出てたる僧にて候ふ。我此度都にのぼらばやと思ひ候ふ。サシ夫れ前仏は既に去り。後仏は未た世に出てず。夢の中間に生れ来て。何を現と思ふへき。実に受け難き人身を受け。逢ひがたき如来の教法を学ひて解脱の道に趣くといへ共。幻化を悟るの外はなし。世の中を何にたとへん。朝ぼらけ漕行舟のあとの波。立居空しき旅の空。行くも帰るも夢なれや。さめぬ心を嘆くなり同爰彼を打過候へば。津国難波あたりについて候ふ。向ひに見ゆるは淡路島。こなたの磯は住吉の。岸の姫松代々かけて。神さびたる有様。あら面白の浦のけしきや候ふ。しばらくやすらひ候ふへし。
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『驢鞍橋』卷中アトンのエホルカツキヌかりそめに高聞め雲に心をかけ。胸の抑矢消えやらぬ富士の烟を立ちのほり。 行末もしらぬ我思ひ。あら心くるしやエサシテ今もはや暮れて候ふ。小町がもとへ通ふよなワキおことこそ小町よ。こは何事ず。アンテいや小町と云ふ人は余りに色かふかうで。あなたの玉章こなたのおみ。かき暮れてふる五月雨の。空事なりとも。一度の返事もなふて。空しく過しうらめしや。人恋しや。あら人恋しや。ワキ人恋しやとは。おことの心か。誰れ人の事そ。
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『驢鞍橋』卷中下シテあら苦し目まひや。胸くるしやとかなしみて。一夜をまたで死したりし。深草の少将の。怨念のつきそひて。一度物には狂ひけるろや。下同是を菩提のたねとして。真の道に入りしより。無明深夜の夢さめて。世々の悦ひきはまれり。三界火宅の内を出て。迷悟凡聖一筋に。大道広く行かうよ行かうよ
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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