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驢鞍橋 / 卷中

次第シテ身は浮草をさうふ水□□流の末のいかならん。サシ旅老母若女哀やげに古へは憍慢尤甚しう。翡翠のかんざしは婀娜と嬋娟にして。楊柳の春の風になびくが如し。桃花の唇鶯舌囀り露を含める糸萩の花にたぐへし。今は民間しづのめにさへきたなまれ。諸人に耻をさらし。嬉しからぬ月日身に積り。百年の姥となつて候ふ。下歌都は人目つゝましや。若しもろれかといふまぐれ。上歌月もろともに出てゝ行く出てゝ行く雲井百敷や。大內山の山守もかゝるうき身はよもとがめじ。木がくれてよしなや。鳥羽の戀塜秋の山。月の桂の川瀬舟。浮ふや法の道ならん。

新字:次第シテ身は浮草をさうふ水□□流の末のいかならん。サシ旅老母若女哀やげに古へは憍慢尤甚しう。翡翠のかんざしは婀娜と嬋娟にして。楊柳の春の風になびくが如し。桃花の唇鶯舌囀り露を含める糸萩の花にたぐへし。今は民間しづのめにさへきたなまれ。諸人に耻をさらし。嬉しからぬ月日身に積り。百年の姥となつて候ふ。下歌都は人目つゝましや。若しもろれかといふまぐれ。上歌月もろともに出てゝ行く出てゝ行く雲井百敷や。大内山の山守もかゝるうき身はよもとがめじ。木がくれてよしなや。鳥羽の恋塜秋の山。月の桂の川瀬舟。浮ふや法の道ならん。

書き下し

次第シテ身は浮草をさうふ水□□流の末のいかならん。サシ旅老母若女哀やげに古へは憍慢尤甚しう。翡翠のかんざしは婀娜と嬋娟にして。楊柳の春の風になびくが如し。桃花の唇鶯舌囀り露を含める糸萩の花にたぐへし。今は民間しづのめにさへきたなまれ。諸人に耻をさらし。嬉しからぬ月日身に積り。百年の姥となつて候ふ。下歌都は人目つゝましや。若しもろれかといふまぐれ。上歌月もろともに出てゝ行く出てゝ行く雲井百敷や。大内山の山守もかゝるうき身はよもとがめじ。木がくれてよしなや。鳥羽の恋塜秋の山。月の桂の川瀬舟。浮ふや法の道ならん。

現代語訳

(次第・シテ)身は浮草のように、誘う水の□□流れの末はどうなるのだろう。(サシ)ああ、まことに昔は驕り高ぶることがはなはだしく、翡翠の髪飾りはなまめかしく美しく、柳が春の風になびくようであった。桃の花のような唇、鶯のようにさえずる声は、露を含んだ糸萩の花にもたとえられた。今は身分の低い女にさえ嫌われ、人々に恥をさらし、嬉しくもない月日が身に積もって、百歳の老婆となってしまいました。(下歌)都は人目がはばかられる。もしやあの人かと見とがめられる夕暮れ。(上歌)月とともに出て行く、出て行く、雲居の百敷の大内山の山守も、このような憂き身をまさか咎めはしまい。木陰に隠れて、つまらないことよ。鳥羽の恋塚、秋の山、月の桂川の川瀬舟。浮かぶのは法の道であろうか。

解説

老いた小野小町が登場する場面で、かつての美しさと今の落ちぶれた姿が対比される。翡翠の髪飾り、桃の花の唇とうたわれた人が、今は百歳の老婆となって人目を避け、都を出て行く。その道行の終わりは、浮かぶのは法の道であろうかと結ばれ、衰えが仏道への入り口として示されている。栄華を失うことが、そのまま真実に目覚める契機になりうるという、この曲の方向がここに表れている。地位や若さを失ったときこそ、本当に大切なものを見つめ直す機会になると教えてくれる。

この章句が説くこと

謡曲無常老い小野小町仏道芸道

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