驢鞍橋 / 卷中
シテ扨て小町に心をかけし人多しといへとも。積る思は深草の四位の少將の。上同恨の數のめくり來て。車の榻に通はん。日は何時ぞ夕暮。月こそ友に通ひ路の。關守はありとも。とまるましや出て立たん。下シテ淨衣の袴かいとつて。下同立鳥帽子をかさをり。狩衣の袖を打かついて。人目忍の通路の。月にも行き闇にも行く。雨の夜も風の夜も。木葉の時雨雪深し。シテ軒の玉水泪の雨。心の闇にかきくれて。木幡の山のほそ道をたどるたどるとあゆみ行く。峯高うして谷深し。亂れ心にさそはれて。行きては歸り。歸りては行き。夜二夜三夜四夜。七夜八夜九夜。豐のあかりの節會にも。あはでそかよふ庭鳥の。時をもかへす曉の。榻のはしかき百夜まてとかよひて。九十九夜になりたり。
新字:シテ扨て小町に心をかけし人多しといへとも。積る思は深草の四位の少将の。上同恨の数のめくり来て。車の榻に通はん。日は何時ぞ夕暮。月こそ友に通ひ路の。関守はありとも。とまるましや出て立たん。下シテ浄衣の袴かいとつて。下同立鳥帽子をかさをり。狩衣の袖を打かついて。人目忍の通路の。月にも行き闇にも行く。雨の夜も風の夜も。木葉の時雨雪深し。シテ軒の玉水泪の雨。心の闇にかきくれて。木幡の山のほそ道をたどるたどるとあゆみ行く。峯高うして谷深し。乱れ心にさそはれて。行きては帰り。帰りては行き。夜二夜三夜四夜。七夜八夜九夜。豊のあかりの節会にも。あはでそかよふ庭鳥の。時をもかへす暁の。榻のはしかき百夜まてとかよひて。九十九夜になりたり。
書き下し
シテ扨て小町に心をかけし人多しといへとも。積る思は深草の四位の少将の。上同恨の数のめくり来て。車の榻に通はん。日は何時ぞ夕暮。月こそ友に通ひ路の。関守はありとも。とまるましや出て立たん。下シテ浄衣の袴かいとつて。下同立鳥帽子をかさをり。狩衣の袖を打かついて。人目忍の通路の。月にも行き闇にも行く。雨の夜も風の夜も。木葉の時雨雪深し。シテ軒の玉水泪の雨。心の闇にかきくれて。木幡の山のほそ道をたどるたどるとあゆみ行く。峯高うして谷深し。乱れ心にさそはれて。行きては帰り。帰りては行き。夜二夜三夜四夜。七夜八夜九夜。豊のあかりの節会にも。あはでそかよふ庭鳥の。時をもかへす暁の。榻のはしかき百夜まてとかよひて。九十九夜になりたり。
現代語訳
(シテ)さて、小町に心をかけた人は多いけれども、積もる思いは深草の四位の少将の、(上・同)恨みの数がめぐってきて、車の榻に通おう。日はいつか、夕暮れ。月こそ友の通い路に、関守があっても、止まるものか、出で立とう。(下・シテ)浄衣の袴の裾をかい取って、(下・同)立烏帽子をかぶり、狩衣の袖を打ちかずいて、人目を忍ぶ通い路の、月の夜にも行き、闇の夜にも行く。雨の夜も風の夜も、木の葉の時雨、雪深い夜も。(シテ)軒の玉水は涙の雨、心の闇にかきくれて、木幡の山の細道をたどりたどりと歩んで行く。峰は高く谷は深い。乱れ心に誘われて、行っては帰り、帰っては行き、一夜二夜三夜四夜、七夜八夜九夜。豊明の節会の夜にも逢わずに通う。庭の鳥が時を告げて返す明け方に、榻の端書きを百夜までと通い続けて、九十九夜になった。
解説
この章句が説くこと
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『驢鞍橋』卷中下シテあら苦し目まひや。胸くるしやとかなしみて。一夜をまたで死したりし。深草の少将の。怨念のつきそひて。一度物には狂ひけるろや。下同是を菩提のたねとして。真の道に入りしより。無明深夜の夢さめて。世々の悦ひきはまれり。三界火宅の内を出て。迷悟凡聖一筋に。大道広く行かうよ行かうよ
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『驢鞍橋』卷中次第シテ身は浮草をさうふ水□□流の末のいかならん。サシ旅老母若女哀やげに古へは憍慢尤甚しう。翡翠のかんざしは婀娜と嬋娟にして。楊柳の春の風になびくが如し。桃花の唇鶯舌囀り露を含める糸萩の花にたぐへし。今は民間しづのめにさへきたなまれ。諸人に耻をさらし。嬉しからぬ月日身に積り。百年の姥となつて候ふ。下歌都は人目つゝましや。若しもろれかといふまぐれ。上歌月もろともに出てゝ行く出てゝ行く雲井百敷や。大内山の山守もかゝるうき身はよもとがめじ。木がくれてよしなや。鳥羽の恋塜秋の山。月の桂の川瀬舟。浮ふや法の道ならん。
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『驢鞍橋』卷中下シテ和歌の挙世にすぐれ下同月を友とし花にめで。万里の外に心をつくし。露霜雪のあはれをも言葉のたねと詠じつゝ優にやさしき有様を。いつその程に引かへて。上歌頭に霜蓬を頂き。嬋娟たりし両髪もはだへにかじけてす乱れ宛転たりし双蛾も。遠山の色を失ふ。百年に一とせたらぬつくもがみ。かゝる気色は有明の。影あはれなるかな。上ロンキくびにかけたる袋には。いかなるものを入れたるう。シテ上けふも命はしらねどもあすのうへをたすけんと。粟と豆のかれいひを袋に入れて持たるよ。上地域に負へる袋には。ルレツ下くにのあかづける衣あり。地脇にかけむるあじがにば。白黒の田鳥子あり地破れ蓑。シテ破れ笠。地面はかりもかくさねは。シテまして霜雪雨露。同かる圧を払ふべき袂も袖おあらはでそ。今は路頭にさすらへの。往来の人に物を乞ひ。野に臥し山を家として。ことはる心は更になし。
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