驢鞍橋 / 卷中
〇大寶積經曰。欲償過去宿債。應誦金剛經云云。後來永嘉眞覺大師撰之曰。子歲人債錢一萬貫。經四卷以償。丑債廿八萬貫。經九十卷。寅債八萬貫。經二十七卷。卯債八萬貫。經二十七卷。辰債五萬貫。經二十七卷。巳債七萬貫。經二十四卷。午債七萬貫。經八十四卷。未債七十萬貫。經五十七卷。申債四萬貫。經十五卷。酉債五萬貫。經十七卷。戌債二萬貫。經七卷。亥債九千貫。經三十卷。師亦一切有爲の偈二百返を以て金剛經一卷と定め、在家の男女に授けたまふ。是經一卷を誦する間に、偈二百返を滿る故也。信心の男女或は自誦し、或は僧を請して誦せしめ、院に就て塔婆を立て供養を伸へ宿債を償ふ者多い也。
新字:〇大宝積経曰。欲償過去宿債。応誦金剛経云云。後来永嘉真覚大師撰之曰。子歳人債銭一万貫。経四巻以償。丑債廿八万貫。経九十巻。寅債八万貫。経二十七巻。卯債八万貫。経二十七巻。辰債五万貫。経二十七巻。巳債七万貫。経二十四巻。午債七万貫。経八十四巻。未債七十万貫。経五十七巻。申債四万貫。経十五巻。酉債五万貫。経十七巻。戌債二万貫。経七巻。亥債九千貫。経三十巻。師亦一切有為の偈二百返を以て金剛経一巻と定め、在家の男女に授けたまふ。是経一巻を誦する間に、偈二百返を満る故也。信心の男女或は自誦し、或は僧を請して誦せしめ、院に就て塔婆を立て供養を伸へ宿債を償ふ者多い也。
書き下し
〇大宝積経に曰く、過去の宿債を償はんと欲せば、応に金剛経を誦すべしと云云。後来、永嘉真覚大師之を撰して曰く、子の歳の人は債銭一万貫、経四巻を以て償ふ。丑は債廿八万貫、経九十巻。寅は債八万貫、経二十七巻。卯は債八万貫、経二十七巻。辰は債五万貫、経二十七巻。巳は債七万貫、経二十四巻。午は債七万貫、経八十四巻。未は債七十万貫、経五十七巻。申は債四万貫、経十五巻。酉は債五万貫、経十七巻。戌は債二万貫、経七巻。亥は債九千貫、経三十巻。師亦一切有為の偈二百返を以て金剛経一巻と定め、在家の男女に授けたまふ。是経一巻を誦する間に、偈二百返を満る故也。信心の男女或は自誦し、或は僧を請して誦せしめ、院に就て塔婆を立て供養を伸へ宿債を償ふ者多い也。
現代語訳
『大宝積経』に「過去の宿債を償おうと思うなら、金剛経を誦すべきである」とある。後に永嘉真覚大師がこれを撰して言うには、子年生まれの人は借銭一万貫で、経四巻で償う。丑年は借り二十八万貫で経九十巻。寅年は八万貫で経二十七巻。卯年は八万貫で経二十七巻。辰年は五万貫で経二十七巻。巳年は七万貫で経二十四巻。午年は七万貫で経八十四巻。未年は七十万貫で経五十七巻。申年は四万貫で経十五巻。酉年は五万貫で経十七巻。戌年は二万貫で経七巻。亥年は九千貫で経三十巻である。師はまた、「一切有為法」の偈を二百遍唱えることをもって金剛経一巻とすると定め、在家の男女に授けられた。この経一巻を誦する間に、偈を二百遍唱え終えるからである。信心ある男女は、あるいは自ら誦し、あるいは僧を招いて誦させ、寺に行って塔婆を立てて供養を行い、宿債を償う者が多かった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中問ふ、債を償ふに銭は少しなるに、経は多巻にて還すあり。又銭は大分なるに、経は少しにて還すあり。是れ何の道理なりや。師云はく、大分なり共、善根に用ひたると、又小分なり共、不義に費ひしたるとの替りなるべしと也。因に示して云はく、必す世の吝か費を厭ふへし。扨て又凡夫の費と云ふ事知る迄に不及者は、しわひが能き人の中也。
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『驢鞍橋』卷上一日老僧来りて法要を問ふ。師示して曰く、工夫修行成るへからす、只小庵に安居して昼夜経咒を誦し、無縁法界を吊ひ、日用を送らるべし。何と礼拝抔せらるゝや。彼人、中々三拝を仕ると云ふ。師曰、其つれにて何として真実起るべし、責めて五百礼も千礼も為し、身心を責めて業障を尽すへし。亦一生に成仏せんと思ふへからす。曠劫多生を懸けてする事也。何とぞ今度餓鬼畜生を出で責めて人間にならるへしと也。
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『驢鞍橋』卷下又曰く、総而仏道と云ふは、聞て用に立つことに非ず、功を積で徳に至ること也。我念仏の申様を五段に立て、是れを能く心得て念仏申しに成りめされよと云つて、五種の念仏を具に示し給ふ。又曰く、観念なりと用ひめさるべし。一切有為法。如夢幻泡影。如露亦如電と観せよと説き給ふ也。此の心は一切世の中にあらゆることは、皆夢幻泡影露電の如くにて、一つも実なしと観せよとのこと也。誠に実なき露の身哉、只消えぬ間の楽也と有りければ、彼の医者大に信受して去りぬ。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、初心の人は先づ信心を祈り、咒陀羅尼をくりて身心を尽すが好き也。或は八句の陀羅尼を、十万返も、二十万返も、三十六万返も唱へて業障を尽されば、志も進み真実も起るへし。先づ能き御坊主を捨て、一向の土に成りて勤むへし。因に源長老に向て曰、御長老も楞厳咒をせめて一蔵誦みめされよ、少々の事にては御長老も捨るへからすと也。在家の男女随分誦咒念仏して、師の院に就き、塔婆を立て供養す。因是得徳者数を不知。
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『驢鞍橋』卷上一日誦経の次て示して曰く、体をすつくと持ち、機をほぞの下に落し付け、眼をすゑて誦経すべし。如是せは誦経を以て禅定の機を修し出すべし。ぬけからに成りて誦せば、功徳とも成るへからすと也。
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『驢鞍橋』卷上師聞て曰く、扨も能き方便の仕やう哉。是れ貴き人也。亦如是業人菩提心発る事、念仏の功徳有難き事也。便ち衆中に向つて曰く、各々も二三年勤めたる処を、千両にも万両にも買はんと云ふ者有りとも、売らんと云ふ機は有るへからず。然れば亦大なる功徳備はる物に非すやと也。
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