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驢鞍橋 / 卷中

做工夫。疑情發不起。便欲做有爲功行。或做解脫。或行苦行。冬不爐。夏不扇。人來乞衣。便全身脫去。甘心凍死。謂之解脫。人來乞食。便自己不食。甘心餓死。謂之解脫。更有種々。不可具說。總而論之。皆是勝心所使誑惑無知。彼無知者。謂是活佛。謂是菩薩。盡其形命。承事供養。殊不知。佛戒中謂之惡律儀業。雖是持戒。步步結罪。師衆に問ふ、持戒の善業、何としてか罪結となるや。僧云ふ、有相執着の一念也。師云はく、然らは何と用ひたるか是ならんや。僧云はく、莫妄想。師肯之。

新字:做工夫。疑情発不起。便欲做有為功行。或做解脱。或行苦行。冬不炉。夏不扇。人来乞衣。便全身脱去。甘心凍死。謂之解脱。人来乞食。便自己不食。甘心餓死。謂之解脱。更有種々。不可具説。総而論之。皆是勝心所使誑惑無知。彼無知者。謂是活仏。謂是菩薩。尽其形命。承事供養。殊不知。仏戒中謂之悪律儀業。雖是持戒。歩歩結罪。師衆に問ふ、持戒の善業、何としてか罪結となるや。僧云ふ、有相執着の一念也。師云はく、然らは何と用ひたるか是ならんや。僧云はく、莫妄想。師肯之。

書き下し

工夫を做すに、疑情発り起らざれば、便ち有為の功行を做さんと欲す。或いは解脱を做し、或いは苦行を行ず。冬も炉せず、夏も扇せず。人来って衣を乞えば、便ち全身脱ぎ去って、甘心して凍死す、之を解脱と謂う。人来って食を乞えば、便ち自己食わずして、甘心して餓死す、之を解脱と謂う。更に種々有り、具さに説くべからず。総じて之を論ずれば、皆是れ勝心の使う所、無知を誑惑す。彼の無知の者は、是れ活仏なりと謂い、是れ菩薩なりと謂い、其の形命を尽くして承事供養す。殊に知らず、仏戒の中に之を悪律儀業と謂うことを。是れ持戒なりと雖も、歩歩に罪を結ぶ。師衆に問ふ、持戒の善業、何としてか罪結となるや。僧云ふ、有相執着の一念也。師云はく、然らは何と用ひたるか是ならんや。僧云はく、莫妄想。師之を肯う。

現代語訳

工夫をするのに、疑いの心が起こらないと、形のある功徳の行をしようとする。あるいは「解脱」をしてみせ、あるいは苦行をする。冬も炉にあたらず、夏も扇を使わない。人が来て衣を乞えば、すぐに全部脱いで与え、進んで凍え死ぬ。これを解脱という。人が来て食を乞えば、自分は食べずに与え、進んで餓え死ぬ。これを解脱という。ほかにもいろいろあって、詳しくは説けない。まとめて言えば、どれも人に勝ろうとする心に使われて、無知な人々を惑わしているのである。その無知な人々は、これを生き仏だと言い、菩薩だと言って、命のある限り仕え供養する。仏の戒の中ではこれを悪律儀業ということを、まったく知らない。戒を持っているとはいえ、一歩ごとに罪を結んでいるのである。師が皆に問われた。「戒を持つ善業が、どうして罪を結ぶことになるのか」。僧が言った。「形にとらわれて執着する一念だからです」。師は言われた。「それならば、どう用いたらよいのか」。僧は言った。「莫妄想(妄想するなかれ)」。師はこれを認められた。

解説

博山は、疑いの心が起こらない修行者が、極端な苦行や自己犠牲を見せることで悟りの代わりにしようとする姿を厳しく批判する。そこにあるのは人に勝ろうとする心であり、それを生き仏と崇める人々もまた惑わされている。悪律儀業とは本来、殺生を生業とするような悪い習いを指す語で、善行の姿をしていても罪を重ねるという逆説をここで示している。正三の問いに僧は「有相執着の一念」と答え、どうすればよいかには正三の常套句である「莫妄想」で応じて認められた。人目を引く献身や頑張りが、実は勝ちたい心の表れになっていないかを点検させる一条である。

この章句が説くこと

疑情苦行勝心執着莫妄想持戒

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