立正安国論 / 『立正安国論』仙豫国王の前世譚
又云我念往昔於閻浮提作大國王名曰仙豫愛念敬重大乘經典其心純善無有麤惡嫉恡善男子我於爾時心重大乘聞婆羅門誹謗方等聞已卽時斷其命根善男子以是因緣從是已來不墮地獄又云如來昔爲國王行菩薩道時斷絕爾所婆羅門命
新字:又云我念往昔於閻浮提作大国王名曰仙予愛念敬重大乗経典其心純善無有麤悪嫉恡善男子我於爾時心重大乗聞婆羅門誹謗方等聞已即時断其命根善男子以是因縁従是已来不堕地獄又云如来昔為国王行菩薩道時断絶爾所婆羅門命
書き下し
又云く、我れ往昔を念うに、閻浮提に於いて大国王と作り、名づけて仙豫と曰う。大乗経典を愛念し敬重し、其の心純善にして麤悪嫉恡有ること無し。善男子、我れ爾の時に於いて心に大乗を重んじ、婆羅門の方等を誹謗するを聞き、聞き已りて即時に其の命根を断つ。善男子、是の因縁を以て、是れより已来、地獄に堕ちず、と。又云く、如来昔国王と為りて菩薩道を行ぜし時、爾所の婆羅門の命を断絶す、と。
現代語訳
涅槃経にはまたこうあります。私は遠い昔を思い起こすと、閻浮提で大国の王となり、名を仙豫といった。大乗の経典を愛し重んじ、その心は純粋で善く、荒々しさやねたみ、物惜しみがなかった。善男子よ、私はそのとき心に大乗を重んじており、バラモンが方等経典をそしるのを聞いて、聞くとすぐにその命を断った。善男子よ、この因縁によって、それ以来、地獄に堕ちていない、と。また次のようにも言います。如来が昔、国王となって菩薩の道を行じたとき、それほど多くのバラモンの命を断ち切った、と。
解説
主人が涅槃経から引く、釈尊の前世の物語です。仙豫という王が大乗経典をそしるバラモンを殺しながら、そのために地獄に堕ちなかったと語られます。暴力を認める筋立てで、現代の感覚からは強い違和感を覚える箇所です。ここは宗派間の論争のなかで、正法を守る行為が罪に当たらない例として引かれた経文だと理解して読むべきでしょう。仕事に引き寄せれば、重んじる価値のために手段が正当化されるという論理の危うさを、点検する材料になります。大切なものを守るという理由で、手段の線引きがゆるんでいないか、見直す手がかりです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
仙予国王大乗経典婆羅門命根地獄に堕ちず
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法華経・提婆達多品第十二(1)爾の時、仏、諸の菩薩、及び天人の四衆に告げたまわく、「吾、過去無量劫の中に於いて、法華経を求めて、懈倦有ること無かりき。多劫の中に於いて、常に国王と作り、願を発して無上菩提を求め、心、退転せず。六波羅蜜を満足せんと欲するが為に、勤めて布施を行じ、心に吝惜無く、象・馬・七珍・国・城・妻・子・奴婢・僕従、頭・目・髄・脳、身・肉・手・足をも、躯命を惜しまず。時に世の人民は、寿命無量なりき。法の為の故に、国位を捐捨し、政を太子に委ね、鼓を撃ち令を宣べて、四方に法を求めたり。『誰か能く我が為に大乗を説かん者、吾、当に終身供給し走使すべし。』と。時に仙人有り、来たって王に白して言さく、『我に大乗有り、妙法蓮華経と名づく。若し我に違わずんば、当に為に宣説すべし。』と。王、仙の言を聞いて、歓喜踊躍し、即ち仙人に随って、所需を供給し、果を採り、水を汲み、薪を拾い、食を設け、乃至、身を以て床座と為せども、身心、倦むこと無かりき。時に奉事して千歳を経たり。法の為の故に、精勤して給侍し、乏しき所無からしめき。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我、過去劫を念うに、大法を求むるが為の故に、世の国王と作れども、五欲の楽を貪らず。鐘を捶ちて四方に告ぐ、誰か大法有る者ぞ、若し我が為に解説せば、身は当に奴僕と為らん、と。 時に阿私仙有りて、来たって大王に白さく、我に微妙の法有り、世間に稀なる所なり。若し能く修行せば、吾、当に汝が為に説かん、と。時に王、仙の言を聞いて、心に大喜悦を生じ、 即便ち仙人に随って、所需を供給す。薪及び果蓏を採り、時に随って恭敬して与う。情、妙法に存するが故に、身心、懈倦無し。普く諸の衆生の為に、勤めて大法を求め、 亦た己が身、及び五欲の楽の為にせず。故に大国王と為りて、勤め求めて此の法を獲、遂に成仏するを致せり。今、故に汝が為に説く。