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臨済録 / 勘辨

師問一尼:「善來?惡來?」尼便喝,師拈棒,云:「更道,更道。」尼又喝,師便打。龍牙問:「如何是祖師西來意?」師云:「與我過禪板來。」牙便過禪板與師,師接得便打。牙云:「打即任打,要且無祖師意。」牙後到翠微問:「如何是祖師西來意?」微云:「與我過蒲團來。」牙便過蒲團與翠微,翠微接得便打。牙云:「打即任打,要且無祖師意。」牙住院,後有僧入室請益,云:「和尚行脚時參二尊宿因緣,還肯他也無?」牙云:「肯即深肯,要且無祖師意。」徑山有五百眾,少人參請,黃蘗令師到徑山,乃謂師曰:「汝到彼作麼生?」師云:「某甲到彼自有方便。」師到徑山,裝腰上法堂見徑山。徑山方舉頭,師便喝。徑山擬開口,師拂袖便行。尋有僧問徑山:「這僧適來有什麼言句便喝和尚?」徑山云:「這僧從黃蘗會裏來,爾要知麼?且問取他。」徑山五百眾太半分散。普化一日於街市中就人乞直裰,人皆與之,普化俱不要。師令院主買棺一具,普化歸來,師云:「我與汝做得箇直裰了也。」普化便自擔去,繞街市叫云:「臨濟與我做直裰了也,我往東門遷化去。」市人競隨看之。普化云:「我今日未,來日往南門遷化去。」如是三日,人皆不信,至第四日無人隨看,獨出城外,自入棺內,倩路行人釘之,即時傳布,市人競往開棺,乃見全身脫去,秖聞空中鈴響隱隱而去。

新字:師問一尼:「善来?悪来?」尼便喝,師拈棒,云:「更道,更道。」尼又喝,師便打。竜牙問:「如何是祖師西来意?」師云:「与我過禅板来。」牙便過禅板与師,師接得便打。牙云:「打即任打,要且無祖師意。」牙後到翠微問:「如何是祖師西来意?」微云:「与我過蒲団来。」牙便過蒲団与翠微,翠微接得便打。牙云:「打即任打,要且無祖師意。」牙住院,後有僧入室請益,云:「和尚行脚時参二尊宿因縁,還肯他也無?」牙云:「肯即深肯,要且無祖師意。」径山有五百衆,少人参請,黄蘗令師到径山,乃謂師曰:「汝到彼作麼生?」師云:「某甲到彼自有方便。」師到径山,装腰上法堂見径山。径山方舉頭,師便喝。径山擬開口,師払袖便行。尋有僧問径山:「這僧適来有什麼言句便喝和尚?」径山云:「這僧従黄蘗会裏来,爾要知麼?且問取他。」径山五百衆太半分散。普化一日於街市中就人乞直裰,人皆与之,普化倶不要。師令院主買棺一具,普化帰来,師云:「我与汝做得箇直裰了也。」普化便自担去,繞街市叫云:「臨済与我做直裰了也,我往東門遷化去。」市人競随看之。普化云:「我今日未,来日往南門遷化去。」如是三日,人皆不信,至第四日無人随看,独出城外,自入棺内,倩路行人釘之,即時伝布,市人競往開棺,乃見全身脱去,秖聞空中鈴響隠隠而去。

書き下し

師、一尼に問う、「善来か、悪来か。」尼便ち喝す。師、棒を拈じて云く、「更に道え、更に道え。」尼又た喝す。師便ち打つ。竜牙問う、「如何なるか是れ祖師西来の意。」師云く、「我が与(ため)に禅板を過(わた)し来たれ。」牙便ち禅板を過して師に与う。師接得して便ち打つ。牙云く、「打つことは即ち打つに任す、要且(ようしょ)祖師の意無し。」牙後に翠微に到って問う、「如何なるか是れ祖師西来の意。」微云く、「我が与に蒲団を過し来たれ。」牙便ち蒲団を過して翠微に与う。翠微接得して便ち打つ。牙云く、「打つことは即ち打つに任す、要且祖師の意無し。」牙住院の後、僧有り、入室請益して云く、「和尚行脚の時、二尊宿に参ぜし因縁、還って他を肯うや。」牙云く、「肯うことは即ち深く肯う、要且祖師の意無し。」径山に五百衆有るも、参請する者少なし。黄檗、師をして径山に到らしめんとし、乃ち師に謂って曰く、「汝彼に到って作麼生。」師云く、「某甲彼に到らば自ら方便有り。」師、径山に到り、装腰して法堂に上って径山に見ゆ。径山方に頭を挙ぐるや、師便ち喝す。径山口を開かんと擬するや、師、払袖して便ち行く。尋いで僧有り、径山に問う、「這の僧、適来什麼の言句有ってか便ち和尚を喝せし。」径山云く、「這の僧は黄檗の会裏より来たる。爾知らんと要すや、且く他に問取せよ。」径山の五百衆、太半分散す。普化一日、街市の中に於いて人に就いて直裰(じきとつ)を乞う。人皆之を与う。普化俱に要せず。師、院主をして棺一具を買わしむ。普化帰り来たる。師云く、「我、汝が与に箇の直裰を做し得了れり。」普化便ち自ら担い去り、街市を繞って叫んで云く、「臨済、我が与に直裰を做し了れり。我れ東門に往いて遷化し去らん。」市人競い随って之を看る。普化云く、「我れ今日は未だし、来日南門に往いて遷化し去らん。」是の如くすること三日、人皆信ぜず。第四日に至って人の随い看る無し。独り城外に出で、自ら棺内に入り、路行く人を倩(やと)うて之に釘うたしむ。即時に伝布し、市人競い往いて棺を開くに、乃ち全身脱去するを見る。秖だ空中に鈴の響きの隠隠として去るを聞くのみ。

現代語訳

師がある尼に問うた。「よく来たのか、悪く来たのか。」尼はすぐに喝した。師は棒を取って言った。「もっと言え、もっと言え。」尼はまた喝した。師はすぐに打った。竜牙(りゅうげ、竜牙居遁)が問うた。「祖師(達磨)が西から来た意とは何か。」師は言った。「わしに禅板(ぜんばん、坐禅のとき寄りかかる板)を取ってくれ。」竜牙が禅板を渡すと、師は受け取るなりそれで打った。竜牙は言った。「打つのは好きに打つがよい。だが要するに祖師の意はない。」竜牙は後に翠微(すいび、翠微無学)のもとへ行って問うた。「祖師西来の意とは何か。」翠微は言った。「わしに蒲団(ふとん、坐禅用の円い敷物)を取ってくれ。」竜牙が蒲団を渡すと、翠微は受け取るなりそれで打った。竜牙は言った。「打つのは好きに打つがよい。だが要するに祖師の意はない。」竜牙が寺の住持となった後、ある僧が室に入って教えを請うた。「和尚が行脚の時に二人の老師に参じた因縁について、彼らを認めるか。」竜牙は言った。「認めることは深く認める。だが要するに祖師の意はない。」径山(きんざん、杭州の山寺)には五百人の修行僧がいたが、住持に参じて教えを請う者は少なかった。黄檗は師を径山へ行かせようとして言った。「おまえはあちらへ行ってどうするつもりか。」師「わたしは向こうに着けばおのずから手立てがある。」師は径山に着くと、旅装のまま法堂に上がって径山の住持に会った。径山が頭を上げたとたん、師は喝した。径山が口を開こうとすると、師は袖を払って立ち去った。まもなくある僧が径山に問うた。「あの僧はさっき何の言葉があって和尚を喝したのか。」径山は言った。「あの僧は黄檗の会下から来た者だ。知りたいなら、ともかくあいつに聞け。」径山の五百人の僧は大半が散っていった。普化はある日、町中で人々に直裰(じきとつ、僧衣)を乞うた。人々は皆これを与えたが、普化はどれも受け取らなかった。師は院主に棺桶を一つ買わせた。普化が帰って来ると、師は言った。「わしがおまえのために直裰をこしらえてやったぞ。」普化はすぐにそれを自分で担いで出てゆき、町中を巡りながら叫んだ。「臨済がわしのために直裰をこしらえてくれた。わしは東門へ行って死ぬぞ。」町の人々は競って後についてこれを見た。普化は言った。「今日はやめだ。明日、南門へ行って死ぬぞ。」このようにすること三日、人々は皆信じなくなった。四日目になると誰もついて来なかった。普化はひとりで城外に出て、自分で棺の中に入り、道行く人に頼んで釘を打たせた。たちまち噂が広まり、町の人々が競って駆けつけて棺を開けると、なんと亡骸はまるごと抜け去っていた。ただ空中に鈴の音がかすかに響きながら遠ざかってゆくのが聞こえるだけであった。

解説

尼の二度の喝を試してから打つ場面に続き、竜牙の「祖師西来の意」の問いが語られる。臨済も翠微も禅板や蒲団を持って来させて打つが、竜牙は二度とも「打つのは任す、要且祖師の意無し」と返し、住持となってからもこの言葉を崩さなかった。打たれても屈しない自負と、祖師の意という答えそのものを拒む見識が重なる。径山では、臨済が一喝して去っただけで五百の衆が散る。黄檗の門風の烈しさを示す逸話である。最後の普化の遷化は、衣の代わりに棺を贈る臨済と、四日目に人知れず棺に入り鈴の音だけを残して消える普化の、生死を戯れにまで軽くした交わりを描く。見物の目が去ったところで、ほんとうの仕事は終わるのかもしれない。

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