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臨済録 / 上堂

上堂,有僧出禮拜,師便喝。僧云:「老和尚莫探頭好。」師云:「爾道落在什麼處?」僧便喝。又有僧問:「如何是佛法大意?」師便喝,僧禮拜,師云:「爾道好喝也無?」僧云:「草賊大敗。」師云:「過在什麼處?」僧云:「再犯不容。」師便喝。是日,兩堂首座相見,同時下喝。僧問師:「還有賓主也無?」師云:「賓主歷然。」師云:「大眾要會臨濟賓主句,問取堂中二首座。」便下座。上堂,僧問:「如何是佛法大意?」師竪起拂子,僧便喝,師便打。又,僧問:「如何是佛法大意?」師亦竪起拂子,僧便喝,師亦喝。僧擬議,師便打。師乃云:「大眾!夫為法者,不避喪身失命。我二十年在黃蘗先師處三度問佛法的的大意,三度蒙他賜杖,如蒿枝拂著相似。如今更思得一頓棒喫,誰人為我行得?」時有僧出眾云:「某甲行得。」師拈棒與他,其僧擬接,師便打。上堂,僧問:「如何是劍刃上事?」師云:「禍事,禍事。」僧擬議,師便打。問:「秖如石室行者,踏碓忘却移脚,向什麼處去?」師云:「沒溺深泉。」師乃云:「但有來者不虧欠伊,總識伊來處。若與麼來,恰似失却;不與麼來,無繩自縛。一切時中莫亂斟酌,會與不會都來是錯。分明與麼道,一任天下人貶剝。久立珍重。」

新字:上堂,有僧出礼拝,師便喝。僧云:「老和尚莫探頭好。」師云:「爾道落在什麼処?」僧便喝。又有僧問:「如何是仏法大意?」師便喝,僧礼拝,師云:「爾道好喝也無?」僧云:「草賊大敗。」師云:「過在什麼処?」僧云:「再犯不容。」師便喝。是日,両堂首座相見,同時下喝。僧問師:「還有賓主也無?」師云:「賓主歴然。」師云:「大衆要会臨済賓主句,問取堂中二首座。」便下座。上堂,僧問:「如何是仏法大意?」師竪起払子,僧便喝,師便打。又,僧問:「如何是仏法大意?」師亦竪起払子,僧便喝,師亦喝。僧擬議,師便打。師乃云:「大衆!夫為法者,不避喪身失命。我二十年在黄蘗先師処三度問仏法的的大意,三度蒙他賜杖,如蒿枝払著相似。如今更思得一頓棒喫,誰人為我行得?」時有僧出衆云:「某甲行得。」師拈棒与他,其僧擬接,師便打。上堂,僧問:「如何是剣刃上事?」師云:「禍事,禍事。」僧擬議,師便打。問:「秖如石室行者,踏碓忘却移脚,向什麼処去?」師云:「没溺深泉。」師乃云:「但有来者不虧欠伊,総識伊来処。若与麼来,恰似失却;不与麼来,無縄自縛。一切時中莫乱斟酌,会与不会都来是錯。分明与麼道,一任天下人貶剥。久立珍重。」

書き下し

上堂。僧有り出でて礼拝す。師便ち喝す。僧云く、「老和尚、探頭すること莫くんば好し。」師云く、「爾道え、什麼の処にか落在す。」僧便ち喝す。又た僧有り問う、「如何なるか是れ仏法の大意。」師便ち喝す。僧礼拝す。師云く、「爾道え、好喝なりや也た無や。」僧云く、「草賊大敗す。」師云く、「過、什麼の処にか在る。」僧云く、「再犯は容さず。」師便ち喝す。是の日、両堂の首座相見えて、同時に喝を下す。僧、師に問う、「還って賓主有りや也た無や。」師云く、「賓主歴然。」師云く、「大衆、臨済が賓主の句を会せんと要せば、堂中の二首座に問取せよ。」便ち座を下る。上堂。僧問う、「如何なるか是れ仏法の大意。」師、払子を竪起す。僧便ち喝す。師便ち打つ。又た僧問う、「如何なるか是れ仏法の大意。」師亦た払子を竪起す。僧便ち喝す。師も亦た喝す。僧擬議す。師便ち打つ。師乃ち云く、「大衆、夫れ法の為にする者は、喪身失命を避けず。我れ二十年、黄檗先師の処に在って、三度仏法的的の大意を問い、三度他の杖を賜うことを蒙る。蒿枝の払著するが如くに相似たり。如今更に一頓の棒を得て喫せんことを思う。誰人か我が為に行じ得ん。」時に僧有り衆を出でて云く、「某甲行じ得ん。」師、棒を拈じて他に与う。其の僧接せんと擬す。師便ち打つ。上堂。僧問う、「如何なるか是れ剣刃上の事。」師云く、「禍事、禍事。」僧擬議す。師便ち打つ。問う、「秖だ石室行者の、碓を踏んで脚を移すことを忘却するが如きは、什麼の処に向かってか去る。」師云く、「深泉に没溺す。」師乃ち云く、「但だ来たる者有らば伊を虧欠せず、総に伊が来処を識る。若し与麼に来たらば、恰も失却するに似たり。与麼に来たらざれば、縄無くして自ら縛す。一切時中、乱りに斟酌すること莫かれ。会と不会と、都来是れ錯。分明に与麼に道う、天下の人の貶剝するに一任す。久立珍重。」

現代語訳

上堂した。一人の僧が進み出て礼拝すると、師はすぐさま喝した。僧は「老和尚、探りを入れるのはおやめなさい」と言った。師は「言ってみよ、(その喝は)どこに落ちたか」と言った。僧はすぐに喝した。また一人の僧が問うた。「仏法の根本の意味とは何か。」師はすぐさま喝した。僧は礼拝した。師は「言ってみよ、今のはよい喝だったかどうか」と言った。僧は「こそ泥が大敗した」と言った。師は「過ちはどこにあるか」と言った。僧は「二度目は許されない」と言った。師はすぐに喝した。この日、東西両堂の首座(しゅそ、修行僧を率いる筆頭の僧)が顔を合わせ、同時に喝を放った。ある僧が師に問うた。「そこに客と主の別はあったのか。」師は「客と主ははっきりしている」と言い、さらに「皆の者、臨済の賓主の句を理解したいなら、堂の二人の首座に聞け」と言って、座を下りた。また上堂すると、僧が「仏法の根本の意味とは何か」と問うた。師は払子(ほっす、獣毛を束ねた法具)を立てた。僧が喝すると、師は打った。別の僧が同じく「仏法の根本の意味とは何か」と問うた。師はまた払子を立てた。僧が喝すると、師も喝した。僧がためらうと、師は打った。そこで師は言った。「皆の者、法のために身を投じる者は、身を失い命を落とすことを避けない。わたしは二十年前、亡き師黄檗(おうばく、黄檗希運、臨済の師)のもとで、仏法のまさにその根本を三度問い、三度杖で打たれた。それはよもぎの枝でなでられたようなものだった。今もう一度あの棒を食らいたいと思う。誰かわたしのためにやってくれる者はいないか。」すると一人の僧が大衆の中から出て「わたくしがやりましょう」と言った。師が棒を取って渡すと、その僧が受け取ろうとした瞬間、師は打った。また上堂すると、僧が「剣の刃の上の事とは何か」と問うた。師は「大変だ、大変だ」と言った。僧がためらうと、師は打った。ある僧が問うた。「石室行者(せきしつあんじゃ、米つきに専念した行者)が碓を踏みながら足を運ぶのを忘れたというが、その心はどこへ行ったのか。」師は「深い淵に溺れた」と言った。そこで師は言った。「来る者があれば、わたしは決してその者を欠かさない。その者の来たところをすべて見抜いている。そのように来れば、まるで自分を見失ったようなものだ。そのように来なければ、縄もないのに自分を縛っている。いつでも、みだりにあれこれ推し量ってはならない。分かったも分からぬも、すべて誤りだ。はっきりとこう言っておく。天下の人がけなそうと、好きにさせる。長く立たせた。ではお大事に。」

解説

喝と棒が飛び交う上堂の連続である。臨済の喝は答えではなく、相手がどこに立っているかを照らす灯のようなもので、喝を返す僧、ためらう僧、それぞれの立ち位置が一瞬で露わになる。両堂の首座が同時に喝した場面で、臨済が「賓主歴然」と言うのは、同じ喝でも主として放つ者と客として放つ者がいる、という四賓主の考えにつながる。黄檗に三度打たれた若き日の回想は、臨済が大愚のもとで悟る有名な因縁を踏まえている。そして「会と不会と、都来是れ錯」、分かったつもりも分からない自覚も、どちらも頭で計っている点で外れだという。仕事でも、正解を探して迷う時間より、腹を決めて打ち返す一瞬が場を動かすことがある。

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