李衛公問対 / 卷上
此受之於君者也。又曰:『兵不豫言,君命有所不受。』此將所自出者也。
新字:此受之於君者也。又曰:『兵不予言,君命有所不受。』此将所自出者也。
書き下し
此れ之を君に受くる者なり。又曰く、『兵は予め言はず、君命も受けざる所有り』と。此れ将の自ら出だす所の者なり。
現代語訳
(という言葉は)これが君主から授かるもののことである。また言う、『兵のことは前もって言わず、君命でも受けないものがある』と。これが将が自ら繰り出すもののことである。
解説
前段で李靖は、正兵は君主から授かり、奇兵は将が自ら繰り出すと述べた。ここではその両方を兵法の言葉で裏づける。前半に引かれた言葉は君主から授かる側、つまり平素から教えと命令を行き渡らせておくことを指す。後半の「兵は予め言はず、君命も受けざる所有り」は、戦場での判断は事前に言い切れず、君命であっても従わない場合があるという将の側の裁量を指す。君命も受けないことがあるという考えは『孫子』にも見える。平時の規律と現場の独断とを両立させるのが兵法の要だというのである。企業でも全社の方針は上から示されるが、目の前の顧客への対応まで本部が決めることはできない。任せる範囲を先に決めておくことが、現場を強くする。
関連する章句
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李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、正ならざる無く、奇ならざる無く、敵をして測ること莫からしむ。故に正も亦た勝ち、奇も亦た勝つ。三軍の士は、止だ其の勝つを知るのみにて、其の勝つ所以を知る莫し。変じて能く通ずるに非ざれば、安んぞ能く是に至らんや。
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