李衛公問対 / 卷上
凡兵以前向為正,後却為奇。
書き下し
凡そ兵は前向を以て正と為し、後却を以て奇と為す。
現代語訳
そもそも軍事においては、前に進むことを基本の型「正」とし、後ろに退くことを状況に応じた型「奇」とする。
解説
李靖は「正」と「奇」という兵法用語を、前進と後退という誰もが理解できる動きに置き換えて説明する。決まった手順を守る動きを正、あえてそこから外れる動きを奇と捉え直せば、仕事や交渉の場面にもそのまま当てはまる。予定通り攻めるべき時と、いったん引いて構え直すべき時があり、退くことは失敗ではなく選択肢の一つである。前進だけを評価し後退を弱さと見なす発想は、状況判断の幅を自ら狭めてしまう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
正奇前進後退
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言志四録・言志晩録 別存 第四十三条 正と公の二字公晩年余に謂ひて曰く、「吾職に在ること四十九年、幸ひに首領を全うす。訣は二字に在り。之を識るや否や」と。余請ひ問ふ。公曰く、「正の字、公の字」と。余其の言の虚ならざるに服す。公既に館を捐つ。其の翌辛丑、朝政一新す。図らざりき、余濫りに擢挙を蒙り、晩に仕途に就かんとは。官事諳んぜず、暗室に入るが如し。忽ち公の言を憶ひ、奉じて以て周旋す。庶はくは亦能く首領を全うして以て終らん。
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『弁名』公正直後世理学興りて、先王の礼を舎てて理を以て之を言ふ。理を以て之を言ふ者は、其の臆を取るのみ。其の臆を取りて正と為す、是れ人自ら正と為す。妄なりと謂ふべし。易に中正有り、其の義は它書と同じからず。宋儒蓋し之を混ず。是れ其の失ふ所以なり。又た大学の「正心」の如きも、亦た心の礼に一なるを正と為すを謂ふ。其の書は本養老の礼の義を説く。其の礼を行ふ時に方りて、先づ忿懥・恐懼・好楽・憂患の事有れば、則ち心礼に一なることを得ず。故に「心其の正を得ず」と曰ふ。養老は飲食の礼なり。故に「食らへども其の味を知らず」と曰ふ。宋儒は礼を以て之を解するを知らず、誤れり。仲虺の誥に曰く「礼を以て心を制す」と。古の道は爾りと為す。仁斎先生遂に大学の正心を以て仏老の帰と為すは、皆古言を知らざる故なり。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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