楽訓 / 巻之下・読書
一四時にしたがひ、月花をもてあそび、をりをりの景物をめで、其折節にかなひたる唐の大和の古き歌を誦して、心に樂まんこそ、みづから作る勞なく、たはやすくして、いと面白きわざなるべけれ。もろこしの古其才あまりありし人も、賓主に對し、其折にかなへる古き詩を彼是引きて、其情をのべしためし、左氏が書などに多くのせたり。是我が作らんより、ふるめかしく理まさりて、人を感ぜしむること深かりしにや。古の事法とすべし。我が輩つたなき詞を以て、なまじひにふようなること言ひ出すは、自らはいみじと思へど、詩歌を知れる人の見る目も恥かしく、顏之推がいへる詅癡符のそしり免れがたかるべし。我が如きともがら、才つたなくて詞を巧にせんとする苦、いといたづがはしく覺ゆ。もし天才ある人、たはやすく作り出さんは興あるべし。されどそも五字の句を吟じ成して、一生の心を用ひやぶるは益なし。
新字:一四時にしたがひ、月花をもてあそび、をりをりの景物をめで、其折節にかなひたる唐の大和の古き歌を誦して、心に楽まんこそ、みづから作る労なく、たはやすくして、いと面白きわざなるべけれ。もろこしの古其才あまりありし人も、賓主に対し、其折にかなへる古き詩を彼是引きて、其情をのべしためし、左氏が書などに多くのせたり。是我が作らんより、ふるめかしく理まさりて、人を感ぜしむること深かりしにや。古の事法とすべし。我が輩つたなき詞を以て、なまじひにふようなること言ひ出すは、自らはいみじと思へど、詩歌を知れる人の見る目も恥かしく、顔之推がいへる詅痴符のそしり免れがたかるべし。我が如きともがら、才つたなくて詞を巧にせんとする苦、いといたづがはしく覚ゆ。もし天才ある人、たはやすく作り出さんは興あるべし。されどそも五字の句を吟じ成して、一生の心を用ひやぶるは益なし。
書き下し
一四時にしたがひ、月花をもてあそび、をりをりの景物をめで、其折節にかなひたる唐の大和の古き歌を誦して、心に楽まんこそ、みづから作る労なく、たはやすくして、いと面白きわざなるべけれ。もろこしの古其才あまりありし人も、賓主に対し、其折にかなへる古き詩を彼是引きて、其情をのべしためし、左氏が書などに多くのせたり。是我が作らんより、ふるめかしく理まさりて、人を感ぜしむること深かりしにや。古の事法とすべし。我が輩つたなき詞を以て、なまじひにふようなること言ひ出すは、自らはいみじと思へど、詩歌を知れる人の見る目も恥かしく、顔之推がいへる詅痴符のそしり免れがたかるべし。我が如きともがら、才つたなくて詞を巧にせんとする苦、いといたづがはしく覚ゆ。もし天才ある人、たはやすく作り出さんは興あるべし。されどそも五字の句を吟じ成して、一生の心を用ひやぶるは益なし。
現代語訳
四季に従って月や花を愛で、折々の景物を楽しみ、その時節にかなった中国や日本の古い歌を口ずさんで心に楽しむことこそ、自分で作る苦労もなく、たやすくて、とても面白いわざでしょう。中国の昔の才能あふれる人も、客と主人の席で、その折にかなった古い詩をあれこれ引いてその思いを述べた例が、『左伝』などに多く載っています。これは自分で作るよりも古雅で道理にもまさり、人を深く感動させたのでしょう。昔のこのやり方を手本とすべきです。私たちが拙い言葉で、なまじ無用なことを言い出すと、自分ではすばらしいと思っても、詩歌を知る人の目には恥ずかしく、顔之推の言う「詅癡符(自分の愚かさを売り歩く札)」のそしりを免れないでしょう。私のような者は、才が拙いのに言葉を巧みにしようとする苦労が、とても煩わしく思われます。もし天才のある人がたやすく作り出すなら、それは興があるでしょう。けれども、たった五字の句を苦吟して作り上げるために、一生の心を使い果たすのは益がありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
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史記 魏公子列伝魏に隠士有り、侯嬴と曰ふ、年七十、家貧しく、大梁の夷門の監者為り。公子これを聞き、往きて請ひ、厚くこれに遺らんと欲す。受くるを肯んぜずして曰く、「臣、身を脩め行ひを絜くすること数十年、終に監門の困しみの故を以て公子の財を受けず」と。公子是に於いて乃ち酒を置きて大いに賓客を会す。坐定まり、公子車騎を従へ、左を虚しくして、自ら夷門の侯生を迎ふ。侯生、敝れたる衣冠を摂め、直ちに上りて公子の上坐に載り、譲らず、以て公子を観んと欲す。公子轡を執ること愈々恭し。侯生また公子に謂ひて曰く、「臣に客の市の屠中に在る有り、願はくは車騎を枉げてこれに過れ」と。公子車を引きて市に入る。侯生下りてその客朱亥に見え、俾倪して故らに久しく立ち、その客と語り、微かに公子を察す。公子の顔色愈々和らぐ。是の時に当たり、魏の将相・宗室・賓客堂に満ち、公子の酒を挙ぐるを待つ。市人皆公子の轡を執るを観る。従騎皆竊かに侯生を罵る。侯生、公子の色の終に変ぜざるを視て、乃ち客に謝して車に就く。家に至り、公子、侯生を引きて上坐に坐せしめ、遍く賓客に賛す、賓客皆驚く。酒酣にして、公子起ち、寿を侯生の前に為す。侯生因りて公子に謂ひて曰く、「今日、嬴の公子の為にするもまた足れり。嬴は乃ち夷門の抱関者なり、而るに公子親ら車騎を枉げ、自ら嬴を衆人広坐の中に迎ふ、宜しく過る所有るべからざるに、今公子故らにこれに過る。然れども嬴は公子の名を就さんと欲す、故に久しく公子の車騎を市中に立たしめ、客に過りて以て公子を観る、公子愈々恭し。市人皆嬴を以て小人と為し、而して公子を以て長者にして能く士に下ると為すなり」と。是に於いて酒を罷め、侯生遂に上客と為る。
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老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。
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史記 老子韓非列伝老子は、楚の苦県厲郷曲仁里の人なり。姓は李氏、名は耳、字は耼、周の守藏室の史なり。孔子、周に適き、将に礼を老子に問はんとす。老子曰く、「子の言ふ所の者は、其の人と骨と皆已に朽つ。独り其の言在るのみ。且つ君子は其の時を得ば則ち駕し、其の時を得ざれば則ち蓬累して行く。吾之を聞く、良賈は深く藏して虚しきが若く、君子は盛徳あるも容貌は愚なるが若し、と。子の驕気と多欲、態色と淫志を去れ。是れ皆子の身に益無し。吾が以て子に告ぐる所は、是くの若きのみ」と。孔子去り、弟子に謂ひて曰く、「鳥は、吾其の能く飛ぶを知る。魚は、吾其の能く游ぐを知る。獣は、吾其の能く走るを知る。走る者には以て罔を為す可く、游ぐ者には以て綸を為す可く、飛ぶ者には以て矰を為す可し。龍に至りては、吾其の風雲に乗りて天に上るを知る能はず。吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか」と。
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