導師導古典を学びたいすべての人に

楽訓 / 巻之中・節序

一夏もやうやう深くなりぬれば、木として繁らざるはなく、草として榮えざるはなく、日々に物を引延ぶるやうに見えて、ひたすらに綠の色深き夏木立こそ、花にもをさをさ劣るまじけれ。春の花は、所々に咲きて稀なり。夏は山も里も、あるとしある草木ごとに打はへて、皆綠の色なれば、春に異なる眺なり。八千草に植集めてなづさひし前栽の草木ども、雨をおびて、各其梢をあらはし、所得顏に、心にまかせて生茂れるも、うれしと見ゆ。昔おほゆる花たち花のかをれる夜は、追風もいとなつかし。早苗とる比、田家は雨を待ち得て、いそがはしく賑はし。此ころ遣水のほとりに飛ぶ螢の、音もせですだくを見れば、鳴く蟲よりいとあはれむべし。夏山のけしき、靑みわたりたる高き峯、大空につらなりて、雲の外にそびえたるを、あくまで見るこそ、殊にすぐれて、心を快くする眺なれ。白樂天が、眼を放にして靑山を見るといへるが如し。

新字:一夏もやうやう深くなりぬれば、木として繁らざるはなく、草として栄えざるはなく、日々に物を引延ぶるやうに見えて、ひたすらに緑の色深き夏木立こそ、花にもをさをさ劣るまじけれ。春の花は、所々に咲きて稀なり。夏は山も里も、あるとしある草木ごとに打はへて、皆緑の色なれば、春に異なる眺なり。八千草に植集めてなづさひし前栽の草木ども、雨をおびて、各其梢をあらはし、所得顔に、心にまかせて生茂れるも、うれしと見ゆ。昔おほゆる花たち花のかをれる夜は、追風もいとなつかし。早苗とる比、田家は雨を待ち得て、いそがはしく賑はし。此ころ遣水のほとりに飛ぶ蛍の、音もせですだくを見れば、鳴く虫よりいとあはれむべし。夏山のけしき、青みわたりたる高き峯、大空につらなりて、雲の外にそびえたるを、あくまで見るこそ、殊にすぐれて、心を快くする眺なれ。白楽天が、眼を放にして青山を見るといへるが如し。

書き下し

一夏もやうやう深くなりぬれば、木として繁らざるはなく、草として栄えざるはなく、日々に物を引延ぶるやうに見えて、ひたすらに緑の色深き夏木立こそ、花にもをさをさ劣るまじけれ。春の花は、所々に咲きて稀なり。夏は山も里も、あるとしある草木ごとに打はへて、皆緑の色なれば、春に異なる眺なり。八千草に植集めてなづさひし前栽の草木ども、雨をおびて、各其梢をあらはし、所得顔に、心にまかせて生茂れるも、うれしと見ゆ。昔おほゆる花たち花のかをれる夜は、追風もいとなつかし。早苗とる比、田家は雨を待ち得て、いそがはしく賑はし。此ころ遣水のほとりに飛ぶ蛍の、音もせですだくを見れば、鳴く虫よりいとあはれむべし。夏山のけしき、青みわたりたる高き峯、大空につらなりて、雲の外にそびえたるを、あくまで見るこそ、殊にすぐれて、心を快くする眺なれ。白楽天が、眼を放にして青山を見るといへるが如し。

現代語訳

夏もしだいに深まると、木として茂らないものはなく、草として栄えないものはなく、日ごとに物を引き延ばすように見えて、ひたすら緑の色の深い夏木立こそ、花にもほとんど劣らないでしょう。春の花は所々に咲いて稀です。夏は山も里も、ありとあらゆる草木ごとに一面に広がって、みな緑の色なので、春とは違った眺めです。さまざまな草を植え集めて親しんできた庭の草木が、雨を帯びて、それぞれ梢を伸ばし、得意顔に心のままに生い茂るのもうれしく見えます。昔を思い出させる橘の花が香る夜は、追い風もたいそう慕わしいものです。田植えの頃、農家は雨を待ち得て、忙しくにぎやかです。この頃、遣水のほとりに飛ぶ蛍が、音も立てずに集まるのを見ると、鳴く虫よりもたいそう心にしみます。夏山の景色、青く連なる高い峰が大空に連なり、雲の外にそびえるのを、存分に見ることこそ、特に優れて心を快くする眺めです。白楽天が「眼を放にして青山を見る」と言ったとおりです。

解説

盛夏の緑を楽しむ段です。花のない夏でも、茂る夏木立の深い緑は花に劣らないと言い、どこを見ても一面の緑という夏ならではの眺めを讃えます。庭の草木が雨を受けて伸びる様子を喜ぶのは、自ら庭で植物を育て『大和本草』を著した本草学者益軒の実感でしょう。橘の香り、田植えのにぎわい、声を立てない蛍、青い山並みと、五感で夏を味わう書き方です。華やかなものだけが美しいのではなく、ありふれた緑の中にも楽しみがあると気づけば、日常の風景が豊かに見えてきます。

この章句が説くこと

楽しみ夏緑自然庭

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る