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楽訓 / 巻之中・節序

一惜めども止まらぬ春、すでに去りぬれば、よばぬにきたる夏衣のうら珍しく、今めかしう改まれる比ほひ、大かたの空のけしき、心地よげなるに、靑葉の木ずゑ若やかに、物ごとに春に立ちかはりて、又世異なる有樣なるも、いとなんめでたき。綠陰晝寂を生ずれどもわびしからず。閑談にふける人は、繁花にもまされりとす。折まち得たる杜鵑の初音、まづなつかしくて、鶯のなく音、すでに老いにたるに、代れる心地ぞすなる。もろこし人は、杜鵑の聲きく事を惡めども、我が日の本にては、昔よりこれをあはれみて、歌にも多くよめり。夜もすがら空もとゞろに鳴きわたれども、聞く人みなあなかまとは思はず。多からぬ所は、今一聲だに聞かまほし。又鳴き行く方の人も待ちなんと思へば、過行くも、更にうらむべからず。

新字:一惜めども止まらぬ春、すでに去りぬれば、よばぬにきたる夏衣のうら珍しく、今めかしう改まれる比ほひ、大かたの空のけしき、心地よげなるに、青葉の木ずゑ若やかに、物ごとに春に立ちかはりて、又世異なる有様なるも、いとなんめでたき。緑陰昼寂を生ずれどもわびしからず。閑談にふける人は、繁花にもまされりとす。折まち得たる杜鵑の初音、まづなつかしくて、鶯のなく音、すでに老いにたるに、代れる心地ぞすなる。もろこし人は、杜鵑の声きく事を悪めども、我が日の本にては、昔よりこれをあはれみて、歌にも多くよめり。夜もすがら空もとゞろに鳴きわたれども、聞く人みなあなかまとは思はず。多からぬ所は、今一声だに聞かまほし。又鳴き行く方の人も待ちなんと思へば、過行くも、更にうらむべからず。

書き下し

一惜めども止まらぬ春、すでに去りぬれば、よばぬにきたる夏衣のうら珍しく、今めかしう改まれる比ほひ、大かたの空のけしき、心地よげなるに、青葉の木ずゑ若やかに、物ごとに春に立ちかはりて、又世異なる有様なるも、いとなんめでたき。緑陰昼寂を生ずれどもわびしからず。閑談にふける人は、繁花にもまされりとす。折まち得たる杜鵑の初音、まづなつかしくて、鶯のなく音、すでに老いにたるに、代れる心地ぞすなる。もろこし人は、杜鵑の声きく事を悪めども、我が日の本にては、昔よりこれをあはれみて、歌にも多くよめり。夜もすがら空もとどろに鳴きわたれども、聞く人みなあなかまとは思はず。多からぬ所は、今一声だに聞かまほし。又鳴き行く方の人も待ちなんと思へば、過行くも、更にうらむべからず。

現代語訳

惜しんでも止まらない春がすでに去ってしまうと、呼ばないのにやってくる夏衣の裏のように何となく珍しく、今めかしく改まった頃、おおかたの空の様子は心地よさそうで、青葉の梢は若々しく、何もかも春から変わって、また別の世のような有様なのも、たいそう結構です。緑陰は昼の静けさを生むけれども寂しくはありません。語らいにふける人は、花盛りにもまさると言います。待ちかねたほととぎすの初音はまず慕わしく、鶯の鳴く声はすでに年老いてしまったので、それに代わる心地がします。中国の人はほととぎすの声を聞くのを嫌いますが、わが日本では昔からこれを愛でて、歌にも多く詠んでいます。一晩中、空も轟くほど鳴き渡っても、聞く人はみな「ああうるさい」とは思いません。少ない所では、もう一声だけでも聞きたいと思います。また鳴いて飛んで行く先の人も待っているだろうと思えば、過ぎて行くのも少しも恨むべきではありません。

解説

夏の始まりを描く段です。春を惜しむ気持ちから一転して、青葉の若々しさや緑陰の静けさを楽しむ心へと切り替えています。ほととぎすについて、中国では声を嫌うが日本では昔から愛でて歌に詠んできたと、和漢の感じ方の違いを指摘するのも興味深い点です。飛び去る声を惜しまず、行く先の人も待っているだろうと思いやるのは、楽しみを独り占めしない益軒の人柄を表しています。季節が変われば楽しみも変わる、と気持ちを切り替えることは、環境の変化に向き合う今の私たちにも役立つ姿勢です。

この章句が説くこと

楽しみ夏切り替え自然和漢

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