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楽訓 / 巻之中・節序

卯の花の、かき根の雪にまがへるも、ひとり此の月の名をおひて、美を專にすと云ふべし。およそ卯月のけしきは、淸く和かにして、空晴れ、雨久しくふらず、餘寒盡き、日彌永くして、いとま多ければ、出て遊ぶによし。朝まだき起きて、園をうかゞふにも、風あたゝかにして、なやみなければ、日々にわたりて、見所多く、草も木も皆綠の色をあらはして、各其趣をなせるは、天地の惠をうけしまにまに、生ける類より更に私なくして、いぶかしみ無くなづさはれぬ。韓渥が詩に、四時最好は是三月といへる、まことに然り。されど年たかくなりぬれば、暑さ寒さをわびて、一とせの内いと心にかなへる時は、卯月にしくはなし。さればにや、明の李夢陽が、四時の景初夏にしくは無しといへるも、先輩にかはりていみじく、むべなるかな。

新字:卯の花の、かき根の雪にまがへるも、ひとり此の月の名をおひて、美を専にすと云ふべし。およそ卯月のけしきは、清く和かにして、空晴れ、雨久しくふらず、余寒尽き、日弥永くして、いとま多ければ、出て遊ぶによし。朝まだき起きて、園をうかゞふにも、風あたゝかにして、なやみなければ、日々にわたりて、見所多く、草も木も皆緑の色をあらはして、各其趣をなせるは、天地の恵をうけしまにまに、生ける類より更に私なくして、いぶかしみ無くなづさはれぬ。韓渥が詩に、四時最好は是三月といへる、まことに然り。されど年たかくなりぬれば、暑さ寒さをわびて、一とせの内いと心にかなへる時は、卯月にしくはなし。さればにや、明の李夢陽が、四時の景初夏にしくは無しといへるも、先輩にかはりていみじく、むべなるかな。

書き下し

卯の花の、かき根の雪にまがへるも、ひとり此の月の名をおひて、美を専にすと云ふべし。およそ卯月のけしきは、清く和かにして、空晴れ、雨久しくふらず、余寒尽き、日弥永くして、いとま多ければ、出て遊ぶによし。朝まだき起きて、園をうかがふにも、風あたたかにして、なやみなければ、日々にわたりて、見所多く、草も木も皆緑の色をあらはして、各其趣をなせるは、天地の恵をうけしまにまに、生ける類より更に私なくして、いぶかしみ無くなづさはれぬ。韓渥が詩に、四時最好は是三月といへる、まことに然り。されど年たかくなりぬれば、暑さ寒さをわびて、一とせの内いと心にかなへる時は、卯月にしくはなし。さればにや、明の李夢陽が、四時の景初夏にしくは無しといへるも、先輩にかはりていみじく、むべなるかな。

現代語訳

卯の花が垣根の雪と見まがうほど咲くのも、ひとりこの月(卯月)の名を負って、美しさを独り占めしていると言うべきです。およそ四月の景色は清らかで穏やかで、空は晴れ、雨は長く降らず、余寒は尽き、日はいよいよ長くて暇が多いので、外に出て遊ぶのによい時です。朝早く起きて庭を見回っても、風は暖かく、困ることもないので、毎日見所が多く、草も木もみな緑の色を表して、それぞれの趣をなしているのは、天地の恵みを受けるままに、動物よりもさらに私心がなく、疑う心もなく親しまれます。韓偓の詩に「四時の最も好きは是れ三月」と言ったのは、まことにそのとおりです。けれども年が高くなってからは、暑さ寒さがつらくなって、一年のうちで最も心にかなう時は四月に及ぶものはありません。だからでしょうか、明の李夢陽が「四時の景は初夏に及ぶものはない」と言ったのも、先人とは変わってすばらしく、もっともなことです。

解説

旧暦四月、今の五月ごろの初夏を一年で最も良い時と讃える段です。唐の詩人は三月が最も良いと言ったが、年を取って暑さ寒さがこたえるようになると、四月に勝る時はないと益軒は述べ、明の李夢陽の言葉を支えにします。草木を「動物よりさらに私心がない」と見て親しむのは、自然の中に天地の理を見る朱子学的な感覚です。好みは年齢とともに変わってよく、自分の体に合った季節や過ごし方を知ることも楽しみの一つだという考えは、年を重ねる中で暮らしを整えていく知恵として参考になります。

この章句が説くこと

楽しみ初夏老い自然健康

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