楽訓 / 巻之上・総論
淸福は、富貴の驕樂なる福にはあらず。貧賤にして時にあはずとも、其身安く靜かにして、心にうれひなき、是なん淸福とぞ云ふめる。いとまありて、閑に書をよみ、古の道を樂むは、是淸福のいと大なる樂なり。又其心風雅にして、古書を讀み、詩歌を吟じ、月花をめで、山水を好み、四時のおしうつる折々の美景と、草木のかはるがはる榮えうるはしきを見て樂み、貧しけれど飢寒のうれひなく、蔬食口になれぬれば、味ありて、肥濃なる美味をうらやまず。淡薄なるは、かへつて身を養ふに宜し。布の衣、紙のふすま、いさゝか寒をふせぐに足れり。葎おひてあれたる宿に起臥しても、風雨のうれひなかるべし。もし幸に書を多く貯へて、架にさしばさまば、貧とすべからず。
新字:清福は、富貴の驕楽なる福にはあらず。貧賤にして時にあはずとも、其身安く静かにして、心にうれひなき、是なん清福とぞ云ふめる。いとまありて、閑に書をよみ、古の道を楽むは、是清福のいと大なる楽なり。又其心風雅にして、古書を読み、詩歌を吟じ、月花をめで、山水を好み、四時のおしうつる折々の美景と、草木のかはるがはる栄えうるはしきを見て楽み、貧しけれど飢寒のうれひなく、蔬食口になれぬれば、味ありて、肥濃なる美味をうらやまず。淡薄なるは、かへつて身を養ふに宜し。布の衣、紙のふすま、いさゝか寒をふせぐに足れり。葎おひてあれたる宿に起臥しても、風雨のうれひなかるべし。もし幸に書を多く貯へて、架にさしばさまば、貧とすべからず。
書き下し
清福は、富貴の驕楽なる福にはあらず。貧賤にして時にあはずとも、其身安く静かにして、心にうれひなき、是なん清福とぞ云ふめる。いとまありて、閑に書をよみ、古の道を楽むは、是清福のいと大なる楽なり。又其心風雅にして、古書を読み、詩歌を吟じ、月花をめで、山水を好み、四時のおしうつる折々の美景と、草木のかはるがはる栄えうるはしきを見て楽み、貧しけれど飢寒のうれひなく、蔬食口になれぬれば、味ありて、肥濃なる美味をうらやまず。淡薄なるは、かへつて身を養ふに宜し。布の衣、紙のふすま、いささか寒をふせぐに足れり。葎おひてあれたる宿に起臥しても、風雨のうれひなかるべし。もし幸に書を多く貯へて、架にさしばさまば、貧とすべからず。
現代語訳
清福とは、富貴のおごった楽しみの福ではありません。貧賤で時勢に恵まれなくても、その身が安らかで静かで、心に憂いがないこと、これを清福と言うようです。暇があって静かに書を読み、昔の道を楽しむのは、清福のうちでもとりわけ大きな楽しみです。またその心が風雅で、古い書を読み、詩歌を吟じ、月や花を愛で、山水を好み、四季の移り変わる折々の美しい景色と、草木が代わる代わる栄えて美しいのを見て楽しみ、貧しくても飢えや寒さの憂いがなく、粗末な食事も口に慣れれば味わいがあって、脂っこいごちそうをうらやみません。淡白な食事はかえって身を養うのによいのです。布の着物や紙の夜具でも、少しは寒さを防ぐのに足ります。葎の生い茂った荒れた家に寝起きしても、風雨の憂いはないでしょう。もし幸いに書を多く蓄えて、棚に並べておけるならば、貧しいとすべきではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『楽訓』巻之上・総論一清福は、いとまありて身やすく、貧賤にしてうれひ無きを云ふ。書を読んで、古の道にたどたどしからず、また山水月花の楽あり、是財利の富饒なる福にまされり。或は静室に安坐し、書を読み道を楽み、又良友に対して、道を論じ、同じく風月を賞する、是清福のいとすぐれたる楽なり。
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『楽訓』巻之上・総論凡閑中つねに楽多し。いとまなき人も、をりをり閑を求めて、心をやしなふべし。心閑ならざれば、楽は得がたし。されど閑静に専らにして、動作をきらふは、正道にあらず。心安く身閑にして、独坐するも、また貧居の楽なり。世俗の宴遊をこのみ、さわがしき友多きにまされり。学好まざる人のとひ来ぬは、かへつて情あり。心なき人の、己がつれづれといとまあるままに、とひ来りて長居するはわびし。されどかかる人を白眼にして見るはなさけなし。礼を失ふべからず。清福といふ事あり。楽をこのめる人、必これを知るべし。是識者の楽む所にして、俗人は知らず。此故に、我が身に清福を得て、大なる幸あれども、是を知りて楽める人まれなり。たとへば宝の山に入りても、宝を知らざれば、手を空しくして帰るが如し。
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『楽訓』巻之上・総論一凡生けるもの、静にいとまあるはまれなり。富貴の人は、古より世ごとにおほけれど、心安くして憂苦なく、身閑にいとまありて、つねに楽む人は、世にまれなり。是を以て、清福の楽、富貴にまされること、はるかに越えたることを知るべし。おろかなる人は、清福を得ても、知らずして楽まず。又清福を知りても、身に清福なければ此楽なし。此清福を得る人、世にすくなきは、天の惜み給ふ所なれば、尤得がたしといへり。もし此清福の楽を知りて、清福を得たらん人は、世に類すくなき福なり。天の物を生ずる、二ながら全からず。花よきものは、実よからざるが如し。すでに清福を得たる人は、さらに富貴を願ふべからず。二ながら得んとするは、欲ふかくして、天命にそむけり。かかる楽を得ても、猶外をねがひ、富貴をうらやみて、自ら足る事を知らざるは、分を知らずして、楽をわするるなり。愚なるかな。
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『楽訓』巻之上・総論況や富貴厚禄の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此楽を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を読んで道を楽むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる楽を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又読書は貧者の楽といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの数にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ楽は、いかなる富貴にもかへがたし。
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『楽訓』巻之上・総論世俗の楽は、其楽いまだ止まざるに、はやく我が身の苦とぞなれる。たとへば味よき物をむさぼりて、恣に飲みくへば、はじめは快しといへど、やがて病おこり、身の苦となれるが如し。凡世俗の楽は、心をまよはし、身をそこなひ、人を苦ましむ。君子の楽は、迷なくして心を養ふ。外物を以ていはば、月花をめで、山水を見、風を吟じ、鳥をうらやむの類、其楽淡ければ、終日楽めども身にわざはひなく、人のとがめ、神のいさむるわざにあらず。此楽、貧賤にしても得やすく、後のわざはひなし。富貴の人は、其おごり怠にすさみて、此楽を知らず。貧賤の人は、此二の失すくなし。志だにあれば、此楽を得やすし。
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『慎思録』巻之六古語に曰く、清楽は天の慳惜する所、功名爵禄に百倍すと。此れ真儒の言に非ずと雖も、亦理有り。何となれば則ち功名爵禄を得る者は、世世少なからず。唯だ清福の楽を得る者は鮮し。予の如きは固より庸劣なるも、幼より聖賢の書を読み、義理の学に志有りて、老に至るまで未だ休まず。幸ひに天之に年を仮し、且つ屢京師に遊び、諸州を歴観す。書数百部を貯へ、且つ飽煖逸居して出入に僕従有り。是れ清福を享くること多しと謂ふべし。天の我を愛すること誠に厚し。只恨むらくは此の清福を享けて、居然として嘉穀を食み、白日を消し、人に補ひ無きことを。天地の間の一蠹と謂ふべし。真に畏るべきのみ。然らば則ち貧賤にして下に在りと雖も、然れども吾の清福を得るの幸ひ為るや、富貴功名に倍すること遠し。歉を抱くべからず。況んや吾の庸材、其の貧賤なる者は、乃ち分の宜なり。分外豈に願ふべけんや。且つ天地の物を生ずるや、両全すること能はず。是を以て翼有る者は手無く、角有る者は牙無し。花の美なる者は、其の実食ふべからず。実の美なる者は、其の花観るに足らず。然らば則ち既に清福を得れば、則ち貧窮なりと雖も、亦奚ぞ慊らざらんや。鄒浩曰く、人間世の楽しみ、能く読書に易ふる者有らんやと。誠なるかな斯の言や。読書の楽しみは、富貴爵禄に超ゆること信に遠し。仍ほ爵禄を羨むべけんや。
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