楽訓 / 巻之上・総論
是眞の寶なれば、滿籯の金にまされり。又良友ありて道を論じ、同じく月花を賞して樂み、名區佳境にあそびて、其地のことなる形勝をもてあそぶ、是皆淸福を得たるなり。いかなるえにしありてか、かゝる福をうくるは、富貴の驕樂にまさりて、幸甚し。
新字:是真の宝なれば、満籯の金にまされり。又良友ありて道を論じ、同じく月花を賞して楽み、名区佳境にあそびて、其地のことなる形勝をもてあそぶ、是皆清福を得たるなり。いかなるえにしありてか、かゝる福をうくるは、富貴の驕楽にまさりて、幸甚し。
書き下し
是真の宝なれば、満籯の金にまされり。又良友ありて道を論じ、同じく月花を賞して楽み、名区佳境にあそびて、其地のことなる形勝をもてあそぶ、是皆清福を得たるなり。いかなるえにしありてか、かかる福をうくるは、富貴の驕楽にまさりて、幸甚し。
現代語訳
これこそ本当の宝ですから、かごいっぱいの黄金にもまさります。また良い友がいて道を論じ合い、共に月や花を賞して楽しみ、名高い土地や美しい景色の地に遊んで、その土地ならではの優れた景色を楽しむ、これらはみな清福を得ているのです。どのような縁があって、このような福を受けたのでしょうか。それは富貴のおごった楽しみにまさって、はなはだ幸いなことです。
解説
「満籯の金」は『漢書』韋賢伝の「子に黄金満籯を遺すは、一経に如かず」を踏まえた言葉で、子にかご一杯の黄金を残すより一冊の経書を教えるほうがよいという意味です。益軒は書物を本当の宝と呼び、さらに良い友と道を語り、景色を共に楽しむことも清福だと言います。一人の読書と友との交わりの両方が、心の豊かさを支えます。財産よりも、本と友と自然を持つことの幸いに気づけるかどうかが、人生の豊かさを分けるのでしょう。
この章句が説くこと
清福読書友宝漢書
関連する章句
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『楽訓』巻之上・総論一清福は、いとまありて身やすく、貧賤にしてうれひ無きを云ふ。書を読んで、古の道にたどたどしからず、また山水月花の楽あり、是財利の富饒なる福にまされり。或は静室に安坐し、書を読み道を楽み、又良友に対して、道を論じ、同じく風月を賞する、是清福のいとすぐれたる楽なり。
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『楽訓』巻之上・総論清福は、富貴の驕楽なる福にはあらず。貧賤にして時にあはずとも、其身安く静かにして、心にうれひなき、是なん清福とぞ云ふめる。いとまありて、閑に書をよみ、古の道を楽むは、是清福のいと大なる楽なり。又其心風雅にして、古書を読み、詩歌を吟じ、月花をめで、山水を好み、四時のおしうつる折々の美景と、草木のかはるがはる栄えうるはしきを見て楽み、貧しけれど飢寒のうれひなく、蔬食口になれぬれば、味ありて、肥濃なる美味をうらやまず。淡薄なるは、かへつて身を養ふに宜し。布の衣、紙のふすま、いささか寒をふせぐに足れり。葎おひてあれたる宿に起臥しても、風雨のうれひなかるべし。もし幸に書を多く貯へて、架にさしばさまば、貧とすべからず。
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『楽訓』巻之上・総論凡閑中つねに楽多し。いとまなき人も、をりをり閑を求めて、心をやしなふべし。心閑ならざれば、楽は得がたし。されど閑静に専らにして、動作をきらふは、正道にあらず。心安く身閑にして、独坐するも、また貧居の楽なり。世俗の宴遊をこのみ、さわがしき友多きにまされり。学好まざる人のとひ来ぬは、かへつて情あり。心なき人の、己がつれづれといとまあるままに、とひ来りて長居するはわびし。されどかかる人を白眼にして見るはなさけなし。礼を失ふべからず。清福といふ事あり。楽をこのめる人、必これを知るべし。是識者の楽む所にして、俗人は知らず。此故に、我が身に清福を得て、大なる幸あれども、是を知りて楽める人まれなり。たとへば宝の山に入りても、宝を知らざれば、手を空しくして帰るが如し。
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『慎思録』巻之三学者の家は、貧困なりと雖も、然れども蔵書の多き者は、以て清福と為すべきなり。朱子の書蔵の詩に曰く、箇は是れ儂が家の真の宝蔵、猶ほ満篇の金を羨むべからず、と。是れ清福なる者は、書を読むこと能はずして財多き者に優る。
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『楽訓』巻之上・総論一凡生けるもの、静にいとまあるはまれなり。富貴の人は、古より世ごとにおほけれど、心安くして憂苦なく、身閑にいとまありて、つねに楽む人は、世にまれなり。是を以て、清福の楽、富貴にまされること、はるかに越えたることを知るべし。おろかなる人は、清福を得ても、知らずして楽まず。又清福を知りても、身に清福なければ此楽なし。此清福を得る人、世にすくなきは、天の惜み給ふ所なれば、尤得がたしといへり。もし此清福の楽を知りて、清福を得たらん人は、世に類すくなき福なり。天の物を生ずる、二ながら全からず。花よきものは、実よからざるが如し。すでに清福を得たる人は、さらに富貴を願ふべからず。二ながら得んとするは、欲ふかくして、天命にそむけり。かかる楽を得ても、猶外をねがひ、富貴をうらやみて、自ら足る事を知らざるは、分を知らずして、楽をわするるなり。愚なるかな。
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『楽訓』巻之上・総論況や富貴厚禄の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此楽を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を読んで道を楽むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる楽を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又読書は貧者の楽といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの数にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ楽は、いかなる富貴にもかへがたし。
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