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楽訓 / 巻之上・総論

一人の心の内に、もとより此樂あり。私慾行はれざれば、時となく所として、樂しからずといふ事なし。是本性より流れ出でたる樂なり。外に求むるにあらず。又我が耳目口鼻形の五官、外物にまじはりて、色を見、聲を聞き、物くひ、香をかぎ、動き、靜なる五のわざ、欲すくなく、よきほどに過ぎざれば、あふさきるさ、ことごとに樂しからざる事なし。是外物を以て樂の本とするにあらず。又外物にふれて、其喜ばしき力を得て、樂初ていでくるにもあらず。もとより人の心の内に、生れつきたる樂あるゆゑ、外物にふれて其助を得て、内なる樂さかんになれる也。たとへば人にもとより生れつきたる元氣あり。是生命の本なり。されど飮食衣服などの、外よりの養なければ、うゑこゞえて元氣を保ちがたし。

新字:一人の心の内に、もとより此楽あり。私慾行はれざれば、時となく所として、楽しからずといふ事なし。是本性より流れ出でたる楽なり。外に求むるにあらず。又我が耳目口鼻形の五官、外物にまじはりて、色を見、声を聞き、物くひ、香をかぎ、動き、静なる五のわざ、欲すくなく、よきほどに過ぎざれば、あふさきるさ、ことごとに楽しからざる事なし。是外物を以て楽の本とするにあらず。又外物にふれて、其喜ばしき力を得て、楽初ていでくるにもあらず。もとより人の心の内に、生れつきたる楽あるゆゑ、外物にふれて其助を得て、内なる楽さかんになれる也。たとへば人にもとより生れつきたる元気あり。是生命の本なり。されど飲食衣服などの、外よりの養なければ、うゑこゞえて元気を保ちがたし。

書き下し

一人の心の内に、もとより此楽あり。私慾行はれざれば、時となく所として、楽しからずといふ事なし。是本性より流れ出でたる楽なり。外に求むるにあらず。又我が耳目口鼻形の五官、外物にまじはりて、色を見、声を聞き、物くひ、香をかぎ、動き、静なる五のわざ、欲すくなく、よきほどに過ぎざれば、あふさきるさ、ことごとに楽しからざる事なし。是外物を以て楽の本とするにあらず。又外物にふれて、其喜ばしき力を得て、楽初ていでくるにもあらず。もとより人の心の内に、生れつきたる楽あるゆゑ、外物にふれて其助を得て、内なる楽さかんになれる也。たとへば人にもとより生れつきたる元気あり。是生命の本なり。されど飲食衣服などの、外よりの養なければ、うゑこごえて元気を保ちがたし。

現代語訳

人の心の中には、もともとこの楽しみがあります。私欲が働かなければ、いつでもどこでも楽しくないということはありません。これは本性から流れ出た楽しみであって、外に求めるものではありません。また自分の耳・目・口・鼻・体の五官が外の物と交わって、色を見、声を聞き、物を食べ、香りをかぎ、動いたり静かにしたりする五つの働きも、欲を少なくして程よく過ぎなければ、あれこれ何事につけても楽しくないことはありません。これは外物を楽しみの本とするのではありません。また外物に触れてその喜ばしい力を得て、初めて楽しみが生まれるのでもありません。もともと人の心の中に生まれつきの楽しみがあるので、外物に触れてその助けを得て、内なる楽しみが盛んになるのです。たとえば人にはもともと生まれつきの元気があり、これが生命の本です。しかし飲食や衣服など外からの養いがなければ、飢えこごえて元気を保つことはできません。

解説

ここで益軒は、楽しみの本と助けを区別しています。本は心の内にあり、景色や食べ物などの外物はそれを盛んにする助けにすぎません。これを元気と飲食の関係にたとえるのは、本草学者で『養生訓』も書いた益軒らしい説明です。欲を少なくして程よくすれば、見ること聞くこと食べることがすべて楽しみになる、という指摘は今にも通じます。買い物や娯楽を増やすほど満たされなくなるときは、楽しみの本を外に探していないか振り返るとよいでしょう。

この章句が説くこと

楽しみ欲元気五官本性

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