導師導古典を学びたいすべての人に

礼記 / 聘義

以圭璋聘,重禮也;已聘而還圭璋,此輕財而重禮之義也。諸侯相厲以輕財重禮,則民作讓矣。主國待客,出入三積,餼客於舍,五牢之具陳於內,米三十車,禾三十車,芻薪倍禾,皆陳於外,乘禽日五雙,群介皆有餼牢,壹食再饗,燕與時賜無數,所以厚重禮也。古之用財者不能均如此,然而用財如此其厚者,言盡之於禮也。盡之於禮,則內君臣不相陵,而外不相侵。故天子制之,而諸侯務焉爾。

新字:以圭璋聘,重礼也;已聘而還圭璋,此軽財而重礼之義也。諸侯相厲以軽財重礼,則民作譲矣。主国待客,出入三積,餼客於舎,五牢之具陳於内,米三十車,禾三十車,芻薪倍禾,皆陳於外,乗禽日五双,群介皆有餼牢,壱食再饗,燕与時賜無数,所以厚重礼也。古之用財者不能均如此,然而用財如此其厚者,言尽之於礼也。尽之於礼,則内君臣不相陵,而外不相侵。故天子制之,而諸侯務焉爾。

書き下し

圭璋を以て聘するは、礼を重んずるなり。已に聘して圭璋を還すは、此れ財を軽んじて礼を重んずるの義なり。諸侯相厲ますに財を軽んじ礼を重んずるを以てすれば、則ち民譲を作(おこ)す。主国の客を待つや、出入に三積(さんし)あり。客に舎に餼(き)し、五牢の具内に陳ね、米三十車、禾三十車、芻薪(すうしん)は禾に倍して、皆外に陳ね、乗禽(じょうきん)は日に五双、群介皆餼牢有り。壱食再饗、燕と時の賜とは数無し。礼を厚重にする所以なり。古の財を用うる者は均しく此くの如くなる能わず。然り而して財を用うること此くの如く其れ厚き者は、これを礼に尽くすを言うなり。これを礼に尽くせば、則ち内は君臣相陵がず、而して外は相侵さず。故に天子これを制して、諸侯務むるのみ。

現代語訳

圭璋という玉を用いて聘の礼を行うのは、礼を重んじるからである。聘が終わると圭璋を返すのは、財物を軽んじて礼を重んじるという意義である。諸侯が財物を軽んじ礼を重んじることで互いに励まし合えば、民も譲り合う心を起こす。主国が客をもてなすときには、入国の際と出国の際にそれぞれ三度、道中の食料を供える。宿舎には生きた牲を届け、五牢(ごろう、牛・羊・豚をそろえた供え五組)の品を宿舎の内に並べ、米三十車、禾(か、穂のついた稲)三十車、秣(まぐさ)と薪はその倍を、皆宿舎の外に並べる。乗禽(じょうきん、雁や鴨などの鳥)は毎日五つがい届け、随員たちにも皆それぞれ食料と牲を与える。食の宴を一度、饗の宴を二度開き、燕の宴と季節ごとの賜り物は数を限らない。これは聘の礼を厚く重んじるためである。昔、財物を用いるのに、どんな場合でも一様にこれほどにできたわけではない。それでも財物をこれほど手厚く用いたのは、財を礼のために尽くしたということである。財を礼のために尽くせば、内では君臣が互いに凌がず、外では他国を侵さない。だから天子がこれを制度として定め、諸侯はそれに努めたのである。

解説

聘礼における財物の扱いを論じる段である。聘に用いた圭璋は礼が済めば返される。玉は礼を表すための器であって、贈って富ませるための財ではないからで、ここに「財を軽んじて礼を重んず」の義があるとされる。一方で、主国が客をもてなす品々は驚くほど手厚く、道中の積、宿舎に並ぶ五牢の具、米や禾の車、毎日の鳥、何度もの宴が並べ立てられる。孔穎達の疏は、この三積は上公の臣を迎える場合であると説いている。一見すると財を軽んずるという前半と矛盾するようだが、篇はこれを財を礼に尽くすことだと説明する。財を惜しむのではなく、財を私欲ではなく礼のために惜しまず使うことが、財を軽んずることの本当の意味なのである。お金の使い道にこそ価値観が表れるという考え方は、接待や贈答の意味を問い直すときにも手がかりとなる。

この章句が説くこと

礼記聘義財礼もてなし

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る