礼記 / 服問
君為天子三年,夫人如外宗之為君也。世子不為天子服。君所主,夫人、妻、大子適婦。大夫之適子為君,夫人,大子,如士服。 君之母,非夫人,則群臣無服。唯近臣及僕驂乘從服,唯君所服,服也。公為卿大夫錫衰以居,出亦如之。當事則弁絰。大夫相為,亦然。為其妻,往則服之,出則否。
新字:君為天子三年,夫人如外宗之為君也。世子不為天子服。君所主,夫人、妻、大子適婦。大夫之適子為君,夫人,大子,如士服。 君之母,非夫人,則群臣無服。唯近臣及僕驂乗従服,唯君所服,服也。公為卿大夫錫衰以居,出亦如之。当事則弁絰。大夫相為,亦然。為其妻,往則服之,出則否。
書き下し
君は天子の為に三年、夫人は外宗の君の為にするが如し。世子は天子の為に服せず。君の主(つかさど)る所は、夫人・妻・大子・適婦(てきふ)なり。大夫の適子は、君・夫人・大子の為に、士の服の如くす。 君の母、夫人に非ざれば、則ち群臣は服無し。唯だ近臣及び僕・驂乗(さんじょう)のみ従いて服す。唯だ君の服する所のみ服するなり。公は卿大夫の為に錫衰(しゃくさい)して以て居り、出づるも亦たかくの如し。事に当たれば則ち弁絰(べんてつ)す。大夫の相為にするも亦た然り。其の妻の為には、往けば則ち之を服し、出づれば則ち否ず。
現代語訳
諸侯は天子のために三年の喪に服し、諸侯の夫人は、外宗(がいそう、君の姑や姉妹の娘など外戚の女性)が君のために服するのと同じ服(期)に服する。世子(せいし、諸侯の跡継ぎ)は天子のためには服さない。君が喪主となるのは、夫人(大夫以下ならば妻)と、太子と、太子の正妻の喪である。大夫の嫡子は、君・夫人・太子のために、士と同じ服に服する。 君の母が夫人(正夫人)でなかった場合、群臣はその喪に服さない。ただ君のそば近く仕える臣と、御者(ぎょしゃ)・驂乗(さんじょう、車に陪乗する護衛)だけが君に従って服する。それも君が服している間だけ服するのである。君は卿大夫の喪のために錫衰(しゃくさい、細い麻布の弔服)を着て居室に過ごし、外出するときも同じ服である。弔問などの事に当たるときは、弁絰(べんてつ、弁冠に麻の絰を添えたもの)をつける。大夫どうしが互いの喪のために服するのも同じである。卿大夫の妻の喪に対しては、弔いに出向くときはその服を着るが、それ以外に出かけるときは着ない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・喪服小記従服する者は、従う所亡すれば則ち已む。属従する者は、従う所没すと雖も服す。妾、女君に従いて出づれば、則ち女君の子の為に服せず。礼に、王たらざれば禘せず。世子は妻の父母を降さず。其の妻の為にするや、大夫の適子と同じ。父士為(た)りて、子天子諸侯為れば、則ち祭るに天子諸侯を以てし、其の尸は服するに士の服を以てす。父天子諸侯為りて、子士為れば、祭るに士を以てし、其の尸は服するに士の服を以てす。婦喪に当たりて出づれば、則ち之を除く。父母の喪の為に、未だ練せずして出づれば、則ち三年。既に練して出づれば、則ち已む。未だ練せずして反れば、則ち期(き)。既に練して反れば、則ち之を遂ぐ。
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礼記・礼運故に公に仕うるを臣と曰い、家に仕うるを僕と曰う。三年の喪と、新たに昏有る者とは、期(き)まで使わず。衰裳(さいしょう)を以て朝に入り、家僕と雑居して歯を斉しくするは、礼に非ざるなり。是を君と臣と国を同じくすと謂う。故に天子は田有りて以て其の子孫を処(お)き、諸侯は国有りて以て其の子孫を処き、大夫は采(さい)有りて以て其の子孫を処く。是を制度と謂う。故に天子諸侯に適くに、必ず其の祖廟に舎し、而も礼籍を以て入らざる、是を天子法を壊り紀を乱すと謂う。諸侯疾を問い喪を弔うに非ずして諸臣の家に入る、是を君臣謔(たわむ)ると謂う。
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礼記・喪大記君は大夫・世婦に於いては大斂にす。これが為に賜えば則ち小斂にす。外命婦に於いては、既に蓋を加えて君至る。士に於いては、既に殯して往く。これが為に賜えば、大斂にす。夫人は世婦に於いては、大斂にす。これが為に賜えば、小斂にす。諸妻に於いては、これが為に賜えば、大斂にす。大夫・外命婦に於いては、既に殯して往く。大夫・士既に殯して君往くには、人をしてこれに戒めしむ。主人は殷奠(いんてん)の礼を具え、門外に俟つ。馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり、巫は門外に止まり、祝これに代わりて先んじ、君は菜を門内に釈く。祝先ず阼階より升り、墉(よう)を負いて南面す。君は阼に位に即く。小臣二人戈を執りて前に立ち、二人後に立つ。擯者進み、主人拝して稽顙す。君言を称し、祝を視て踊し、主人踊す。大夫には則ち奠して可なり。士には則ち出でて門外に俟ち、これに命じて反りて奠せしめ、乃ち反りて奠す。奠を卒うれば、主人先ず門外に俟ち、君退けば、主人門外に送り、拝して稽顙す。君は大夫の疾には、三たびこれを問い、殯に在りては、三たび往く。士の疾には、壱たびこれを問い、殯に在りては、壱たび往く。君弔すれば則ち殯服に復す。夫人大夫・士に弔すれば、主人出でて門外に迎え、馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり。夫人入り、堂に升りて位に即く。主婦西階より降り、下に拝して稽顙す。夫人世子を視て踊す。奠は君至るの礼の如くす。夫人退けば、主婦門内に送り、拝して稽顙す。主人は大門の外に送りて拝せず。大夫、君は門外に迎えず。入りて堂下に位に即く。主人北面し、衆主人南面し、婦人は位に房中に即く。若し君命、命夫・命婦の命、四隣の賓客有れば、その君は主人に後れて拝す。君弔するには、尸柩を見て後に踊す。大夫・士、若し君戒めずして往けば、殷奠を具えず。君退けば必ず奠す。
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礼記・坊記子云う、「客階より升り、弔を賓位に受くるは、民に追孝を教うるなり。未だ喪を没(お)えざれば君と称せざるは、民に争わざるを示すなり。故に魯の《春秋》に晋の喪を記して曰く、『其の君の子奚齊(けいせい)と其の君卓とを殺す』と。此を以て民を坊ぐも、子猶お其の父を弑する者有り」と。 子云う、「孝以て君に事え、弟(てい)以て長に事うるは、民に貳(ふたごころ)あらざるを示すなり。故に君子は君有れば仕えんことを謀らず、唯だ卜するの日に二君と称す。父に喪すること三年、君に喪すること三年なるは、民に疑わざるを示すなり。父母在せば、敢えて其の身を有せず、敢えて其の財を私せざるは、民に上下有るを示すなり。故に天子は四海の内に客礼無く、敢えて主と為る莫し。故に君其の臣に適けば、阼階より升り、堂に位に即くは、民に敢えて其の室を有せざるを示すなり。父母在せば、饋献車馬に及ばざるは、民に敢えて専らにせざるを示すなり。此を以て民を坊ぐも、民猶お其の親を忘れて其の君に貳す」と。
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礼記・雑記上凡そその君に訃(ふ)するには、曰く「君の臣某死す」と。父母・妻・長子には、曰く「君の臣某の某死す」と。君、他国の君に訃するには、曰く「寡君禄(ろく)せず、敢えて執事に告ぐ」と。夫人には、曰く「寡小君禄せず」と。大子の喪には、曰く「寡君の適子某死す」と。大夫、同国に訃するに、適(てき)する者には、曰く「某禄せず」と。士に訃するにも、亦た曰く「某禄せず」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣寡大夫某死す」と。適する者に訃するには、曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実(いた)らしむ」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実らしむ」と。士、同国の大夫に訃するには、曰く「某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「某死す」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣某死す」と。大夫に訃するには、曰く「吾子の外私某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私某死す」と。大夫は公館に次(やど)りて以て喪を終え、士は練にして帰る。士は公館に次り、大夫は廬に居り、士は堊室(あくしつ)に居る。大夫、その父母兄弟の未だ大夫為らざる者の喪の為には、服すること士の服の如くす。士、その父母兄弟の大夫為る者の喪の為には、服すること士の服の如くす。大夫の適子は、大夫の服を服す。大夫の庶子の大夫為るは、則ちその父母の為に大夫の服を服す。その位は、未だ大夫為らざる者と歯(よわい)す。士の子の大夫為るは、則ちその父母主(つかさど)る能わず、その子をしてこれを主らしむ。子無ければ、則ちこれが為に後を置く。
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礼記・服問伝に曰く、「軽きに従いて重き有り」と。公子の妻、其の皇姑(こうこ)の為にす。「重きに従いて軽き有り」と。妻の父母の為にす。「服無きに従いて服有り」と。公子の妻、公子の外兄弟の為にす。「服有るに従いて服無し」と。公子、其の妻の父母の為にす。伝に曰く、「母出(い)だされたるときは、則ち継母の党の為に服す。母死したるときは、則ち其の母の党の為に服す」と。其の母の党の為に服すれば、則ち継母の党の為に服せず。
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