説苑 / 辨物
夫水旱俱天下陰陽所為也。大旱則雩祭而請雨,大水則鳴鼓而劫社。何也?曰:陽者陰之長也,其在鳥則雄為陽,雌為陰,在獸則牡為陽而牝為陰;其在民則夫為陽而婦為陰,其在家則父為陽而子為陰,其在國則君為陽而臣為陰。故陽貴而陰賤,陽尊而陰卑,天之道也。今大旱者,陽氣太盛以厭於陰,陰厭陽固,陽其填也,惟填厭之太甚,使陰不能起也,亦雩際拜請而已,無敢加也。至於大水及日蝕者,皆陰氣太盛而上減陽精,以賤乘貴,以卑陵尊,大逆不義,故鳴鼓而懾之,朱絲縈而劫之。由此觀之,春秋乃正天下之位,徵陰陽之失。直責逆者不避其難,是亦春秋之不畏強禦也。故劫嚴社而不為驚靈,出天王而不為不尊上,辭蒯聵之命不為不聽其父,絕文姜之屬而不為不愛其母,其義之盡耶!其義之盡耶!
新字:夫水旱倶天下陰陽所為也。大旱則雩祭而請雨,大水則鳴鼓而劫社。何也?曰:陽者陰之長也,其在鳥則雄為陽,雌為陰,在獣則牡為陽而牝為陰;其在民則夫為陽而婦為陰,其在家則父為陽而子為陰,其在国則君為陽而臣為陰。故陽貴而陰賤,陽尊而陰卑,天之道也。今大旱者,陽気太盛以厭於陰,陰厭陽固,陽其填也,惟填厭之太甚,使陰不能起也,亦雩際拝請而已,無敢加也。至於大水及日蝕者,皆陰気太盛而上減陽精,以賤乗貴,以卑陵尊,大逆不義,故鳴鼓而懾之,朱糸縈而劫之。由此観之,春秋乃正天下之位,徴陰陽之失。直責逆者不避其難,是亦春秋之不畏強禦也。故劫厳社而不為驚霊,出天王而不為不尊上,辞蒯聵之命不為不聴其父,絶文姜之属而不為不愛其母,其義之尽耶!其義之尽耶!
書き下し
夫れ水旱は倶に天下陰陽の為す所なり。大旱には則ち雩祭(うさい)して雨を請い、大水には則ち鼓を鳴らして社を劫(おびや)かす。何ぞや。曰わく、陽は陰の長なり。其れ鳥に在りては則ち雄を陽と為し、雌を陰と為す。獣に在りては則ち牡を陽と為して牝を陰と為す。其れ民に在りては則ち夫を陽と為して婦を陰と為す。其れ家に在りては則ち父を陽と為して子を陰と為す。其れ国に在りては則ち君を陽と為して臣を陰と為す。故に陽は貴くして陰は賎しく、陽は尊くして陰は卑し、天の道なり。今大旱なる者は、陽気太だ盛んにして以て陰を厭(おさ)え、陰は陽の固きに厭えられ、陽其れ填(しず)むなり。惟だ填厭すること太だ甚だしければ、陰をして起こる能わざらしむ。亦た雩祭に拝請するのみにして、敢えて加うる無し。大水及び日蝕に至りては、皆陰気太だ盛んにして上りて陽精を減ず。賎を以て貴に乗り、卑を以て尊を陵ぐ、大逆不義なり。故に鼓を鳴らして之を懾(おど)し、朱糸を縈(まと)いて之を劫かす。此に由りて之を観れば、春秋は乃ち天下の位を正し、陰陽の失を徴す。直ちに逆者を責めて其の難を避けず、是れ亦た春秋の強禦を畏れざるなり。故に嚴社を劫かして霊を驚かすと為さず、天王を出だして上を尊ばずと為さず、蒯聵の命を辞して其の父に聴かずと為さず、文姜の属を絶ちて其の母を愛せずと為さず、其れ義の尽くせるかな、其れ義の尽くせるかな。
現代語訳
そもそも洪水と旱魃は、いずれも天下の陰陽の働きによって起こる。大旱魃のときには雩祭を行って雨を請い、大洪水のときには太鼓を鳴らして社(土地神)を脅す。それはなぜか。答えて言う。陽は陰の目上である。鳥においては雄が陽で雌が陰であり、獣においては牡が陽で牝が陰であり、民においては夫が陽で妻が陰であり、家においては父が陽で子が陰であり、国においては君主が陽で臣下が陰である。だから陽は貴く陰は賎しく、陽は尊く陰は卑しい、これが天の道である。今、大旱魃というのは、陽の気があまりに盛んで陰を押さえつけ、陰が陽の強固さに押さえつけられ、陽がそこにとどまっている状態である。ただそれがあまりにひどく押さえつけるので、陰が起き上がれなくしてしまう。だから雩祭でただ拝んで請うだけで、それ以上のことはあえてしない。大洪水や日食に至っては、皆陰の気があまりに盛んで、上って陽の精気を減らしている。賎しいものが貴いものに乗り、卑しいものが尊いものを凌いでいる、大いなる逆・不義である。だから太鼓を鳴らしてこれを脅し、朱糸を巻きつけてこれを脅かすのである。これから見れば、春秋(の教え)は天下の位を正し、陰陽の失われた秩序を明らかにするものだ。逆らう者を直ちに責め、その困難を避けない、これもまた春秋が強い者を畏れないということである。だから厳社を脅かしても神霊を驚かせたとはせず、天王を国外に出しても目上を尊ばないとはせず、蒯聵の命令を拒んでも父の言うことを聞かないとはせず、文姜の一族との関係を絶っても母を愛さないとはしない。それはなんと義を尽くしていることであろうか、なんと義を尽くしていることであろうか。
解説
この章句が説くこと
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『塩鉄論』論菑篇文學曰く、始め江都の相董生、陰陽を推し言う。四時相繼ぎ、父之を生じ、子之を養い、母之を成し、子之を藏む。故に春に生ずるは仁、夏に長ずるは德、秋に成るは義、冬に藏むるは禮なり。此れ四時の序にして、聖人の則る所なり。刑は任じて以て化を成す可からず、故に德教を廣む。遠きを言うには必ず之を邇きに考う、故に內に恕して以て行う。是を以て刑罰は己に加わるが若く、勤勞は身に施さるるが若し。又た安んぞ能く其の赤子を殺すに忍びて、以て無用に事え、恃む所を罷弊して、瀛海に達せんや。蓋し越人は蠃蚌を美として太牢を簡み、鄙夫は咋唶を樂しみて韶濩を怪しむ。故に味を知らざる者は、芬香を以て臭と為し、道を知らざる者は、美言を以て耳を亂すと為す。人に夭壽無く、各々其の好惡を以て命と為す。羿・敖は巧力を以て其の死を得ず、智伯は貪狠を以て其の身を亡ぼす。天菑の證、禎祥の應は、猶お施與の報を望むがごとく、各々其の類を以て及ぶ。故に好んで善を行う者には、天助くるに福を以てす。符瑞是れなり。易に曰く、「天よりして之を佑く、吉にして利ろしからざる無し」と。好んで惡を行う者には、天報ゆるに禍を以てす。妖菑是れなり。春秋に曰く、「是に應じて天菑有り」と。周の文・武は賢を尊び諫めを受け、敬戒して殆らず。純德上く休く、神祇相い況す。詩に云う、「福を降すこと穰穰たり、福を降すこと簡簡たり」と。日は陽なり、陽の道は明るし。月は陰なり、陰の道は冥し。君尊く臣卑しきの義なり。故に陽光上に盛んなれば、眾陰の類は下に消え、月天に望なれば、蚌蛤は淵に盛んなり。故に臣にして臣たらざれば、則ち陰陽調わず、日月に變有り。政教均しからざれば、則ち水旱時ならず、螟螣生ず。此れ災異の應なり。四時代わる代わる敘でて、人は其の功に則り、星は天に列なりて、人は其の行に象る。常星は猶お公卿のごときなり、眾星は猶お萬民のごときなり。列星正しければ則ち眾星齊しく、常星亂るれば則ち眾星墜つ。
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『淮南子』天文訓陰陽相い薄り、感じて雷と為り、激して霆と為り、亂れて霧と為る。陽氣勝てば則ち散じて雨露と為り、陰氣勝てば則ち凝りて霜雪と為る。毛羽なる者は、飛行の類なり、故に陽に屬す。介鱗なる者は、蟄伏の類なり、故に陰に屬す。日なる者は、陽の主なり、是の故に春夏には則ち群獸除り、日至りて麋鹿解く。月なる者は、陰の宗なり、是を以て月虛しくして魚腦減り、月死して蠃蛖膲む。火は上に蕁り、水は下に流る。故に鳥は飛びて高く、魚は動きて下る。物類相い動き、本標相い應ず。故に陽燧日を見れば則ち燃えて火と為り、方諸月を見れば則ち津して水と為る。虎嘯きて谷風至り、龍舉がりて景雲屬き、麒麟鬥いて日月食し、鯨魚死して彗星出で、蠶絲を珥して商弦絕え、賁星墜ちて勃海決す。
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『塩鉄論』水旱篇賢良曰く、古者、政に德有れば、則ち陰陽調い、星辰理まり、風雨時あり。故に行い內に修まれば、聲は外に聞こえ、善を下に為せば、福は天に應ず。周公紀を載してより天下太平、國に夭傷無く、歲に荒年無し。此の時に當たりて、雨は塊を破らず、風は條を鳴らさず、旬にして一たび雨ふり、而も必ず夜を以てす。丘陵高下と無く皆熟す。詩に曰く、『渰有ること萋萋たり、雨を興すこと祁祁たり』と。今、其の然る所以を省みずして、『陰陽の運なり』と曰うは、聞く所に非ざるなり。孟子曰く、『野に餓殍有るも、收むるを知らず、狗豕人の食を食らうも、檢するを知らず、民の父母と為りて、民饑えて死すれば、則ち曰く、我に非ざるなり、歲なりと。何ぞ刃を以て之を殺して、則ち曰く、我に非ざるなり、兵なりと言うに異ならんや』と。方今の務めは、饑寒の患いを除き、鹽・鐵を罷め、權利を退け、土地を分かち、本業に趣き、桑麻を養い、地力を盡くすに在り。功を寡なくし用を節すれば、則ち民自ずから富む。是くの如くんば、則ち水旱も憂うる能わず、凶年も累わす能わざるなり。
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『管子』四時是の故に春に凋み、秋に榮え、冬に雷あり、夏に霜雪有るは、此れ皆な氣の賊なり。刑德節を易え、次を失えば則ち賊氣遫やかに至り、賊氣遫やかに至れば則ち國に菑殃多し。是の故に聖王は時に務めて政を焉に寄せ、敎を作して武を寄せ、祀を作して德を寄す。此の三者は、聖王の天地の行に合する所以なり。日は陽を掌り、月は隂を掌り、星は和を掌る。陽は德と為り、隂は刑と為り、和は事と為る。是の故に日食すれば則ち德を失うの國之を惡み、月食すれば則ち刑を失うの國之を惡み、彗星見るれば則ち和を失うの國之を惡み、風と日と明を爭えば則ち生を失うの國之を惡む。是の故に聖王は日食すれば則ち德を脩め、月食すれば則ち刑を脩め、彗星見るれば則ち和を脩め、風と日と明を爭えば則ち生を脩む。此の四者は、聖王の天地の誅を免るる所以なり。信に能く之を行えば、五榖蕃息し、六畜殖えて甲兵强し。治積もれば則ち昌え、㬥虐積もれば則ち亡ぶ。
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『淮南子』天文訓季春三月、豐隆乃ち出でて、以て其の雨を將う。秋三月に至り、地氣藏せず、乃ち其の殺を收め、百蟲蟄伏し、靜居して戶を閉ず。青女乃ち出でて、以て霜雪を降す。十二時の氣を行き、以て仲春二月の夕べに至り、乃ち其の藏を收めて其の寒を閉ず。女夷鼓歌して、以て天和を司り、以て百穀禽鳥草木を長ず。孟夏の月、以て穀禾を熟し、雄鳩長く鳴きて、帝の為に歲を候う。是の故に天其の陰を發せざれば、則ち萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、則ち萬物成らず。天圓く地方に、道は中央に在り。日を德と為し、月を刑と為す。月歸りて萬物死し、日至りて萬物生ず。山を遠ざくれば則ち山氣藏し、水を遠ざくれば則ち水蟲蟄し、木を遠ざくれば則ち木葉槁る。日五日見えざれば、其の位を失うなり。聖人は與せず。
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廟堂忠告・調燮第五人皆曰う、陰陽を燮理(しょうり)するは宰相の事たり、と。然れども世を挙げて苐(た)だ能く其の辞を道うのみにて、迄(つい)に陰陽何の術を以て燮理すべきかを知らず。書の周官(しゅうかん)を按ずるに、三公は道を論じ邦を経(おさ)め、陰陽を燮理すと。蓋し周の三公は即ち今の宰輔(さいほ)なり。而して漢の丞相丙吉(へいきつ)も亦た曰く、宰相は上は天子を佐(たす)け、陰陽を理(おさ)め、四時に順(したが)う、と。厥(そ)の後又灾異(さいい)に三公を免ずるの制有り、世俗の云う所、蓋し諸(これ)を此に本(もと)づく。切(せつ)に嘗て即ち是を以て思うに、宰相の調燮(ちょうしょう)する所以の者は、能く旱(ひでり)にして之を雨らしめ、雨にして之を暘(は)らしむるに非ず。要は人事を尽くして以て天地の和を来たすを越えざるのみ。夫れ天の人に与(お)けるや、判然たるが若くにして実は相表裏す。蓋し政事順なれば則ち民心順なり、民心順なれば則ち天地の気順なり、天地の気順なれば則ち陰陽従いて序す。若し廼(すなわ)ち勢いを怙(たの)みて威を立て、権を挟みて欲を縦(ほしいまま)にし、人を悪(にく)みて己に異ならしめ、謟佞(とうねい)是れ親しみ、言う所の者に言わず、救う所の者を救わず、上下相蒙(あいおお)いて惟だ命に従うことを務む。此くの如くにして民心の順、陰陽の気の和を望まんと欲するも、難きかな。大氐(たいてい)天道の災祥(さいしょう)は民心の苦楽を視、民心の苦楽は政事の失得を視、政事の失得は宰相の賢と不賢とを視る。昔丙吉、死人を舎(お)きて牛の喘(あえ)ぐを問う。自ら以て体(たい)を得たりと為すも、殊に天道の逆順は当に政事に於いて之を観るべく、固より区区(くく)たる一牛の喘ぐと喘がざるとに在らざるを知らざるなり。晋の庾冰(ゆひょう)相と為るや、或るひと、天文錯度(さくど)すれば宜しく消禦(しょうぎょ)の道を尽くすべしと謂う。冰曰く、玄象(げんしょう)豈に吾が側(かたわ)らにする所ならんや、正に当に人事を勤め尽くすべし、と。冰の此の言、蕳眀切要(かんめいせつよう)にして、深く宰相の体を得たる者と謂うべし。苟(いやし)くも政事脩整(しゅうせい)ならば、陰陽の和応ぜずと雖も、乃ち天道の変なり、又何をか慊(あきた)らざらん。苟くも政事龐焉(ほうえん)棼焉(ふんえん)として理(おさ)まらざれば、禎祥(ていしょう)集まりて風雨時に若(したが)うと雖も、顧(かえ)りて敢えて以て治まると為さんや。嗚呼、凡そ相為(た)る者、誠に能く是を以て之を求むれば、則ち天人の理瞭然(りょうぜん)たり。