礼記 / 昏義
父親醮子,而命之迎,男先於女也。子承命以迎;主人筵几於廟,而拜迎於門外。婿執雁入,揖讓升堂;再拜奠雁,蓋親受之於父母也。降,出御婦車;而婿授綏,御輪三周,先俟於門外;婦至,婿揖婦以入。共牢而食,合巹而酳;所以合體同尊卑以親之也。
新字:父親醮子,而命之迎,男先於女也。子承命以迎;主人筵几於廟,而拝迎於門外。婿執雁入,揖譲升堂;再拝奠雁,蓋親受之於父母也。降,出御婦車;而婿授綏,御輪三周,先俟於門外;婦至,婿揖婦以入。共牢而食,合巹而酳;所以合体同尊卑以親之也。
書き下し
父親(みずか)ら子に醮(しょう)して、これに命じて迎えしむるは、男、女に先んずるなり。子、命を承けて以て迎う。主人廟に筵几して、門外に拝迎す。婿(むこ)雁(がん)を執りて入り、揖譲して堂に升り、再拝して雁を奠(てい)す。蓋し親(みずか)らこれを父母に受くるなり。降りて、出でて婦の車を御し、婿、綏(すい)を授け、輪を御すること三周して、先んじて門外に俟(ま)つ。婦至れば、婿、婦に揖して以て入る。牢(ろう)を共にして食し、巹(きん)を合わせて酳(いん)す。体を合わせ尊卑を同じくして以てこれに親しむ所以なり。
現代語訳
父がみずから子に醮(しょう、酒を注いで飲ませ、返杯を求めない礼)をして、花嫁を迎えに行くよう命じるのは、男のほうが女に先立って礼を尽くすことを示すものである。子は父の命を受けて迎えに行く。女家の主人は廟に敷物と几を設け、門の外まで出て婿を拝して迎える。婿は雁(がん、婚礼の贈り物とする鳥)を手にして入り、会釈し譲り合って堂に上り、再拝して雁を置く。これは花嫁をその父母からじかに受け取るという意味である。婿は堂を降り、門を出て花嫁の車を自ら御し、花嫁に乗るための綱を手渡し、車輪が三回りするだけ車を進めてから御者に任せ、先に自分の家の門の外で待つ。花嫁が着くと、婿は花嫁に会釈して内に導き入れる。二人は同じ一頭の牲の肉を共に食べ、一つの瓢(ひさご)を二つに割った杯で酒を飲んで口をすすぐ。これは二人が一つの体となり、尊卑を等しくして、互いに親しむためである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・昏義夫(そ)れ礼は冠に始まり、昏に本づき、喪祭に重く、朝聘(ちょうへい)に尊く、郷射(きょうしゃ)に和す。此れ礼の大体なり。 夙(つと)に興き、婦沐浴して以て見(まみ)ゆるを俟つ。質明(しつめい)に、賛、婦を舅姑(きゅうこ)に見えしむ。婦、笲(はん)・棗(なつめ)・栗・段脩(だんしゅう)を執りて以て見ゆ。賛、婦に醴(れい)す。婦、脯醢(ほかい)を祭り、醴を祭るは、婦の礼を成すなり。舅姑室に入り、婦、特豚(とくとん)を以て饋(き)するは、婦の順を明らかにするなり。厥(そ)の明、舅姑共に婦を饗するに一献の礼を以てす。奠酬(てんしゅう)して、舅姑先に西階より降り、婦、阼階(そかい)より降るは、以て代わるを著(あら)わすなり。
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礼記・坊記子云う、「昏礼に、婿親迎(しんげい)して、舅姑(きゅうこ)に見(まみ)え、舅姑子を承けて以て婿に授くるは、事の違わんことを恐るればなり。此を以て民を坊ぐも、婦猶お至らざる者有り」と。
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礼記・郊特牲天地合して後に万物興る。夫れ昏礼は、万世の始めなり。異姓に取るは、遠きに附きて別を厚くする所以なり。幣は必ず誠にし、辞は腆(てん)ならざる無し。これに告ぐるに直信を以てす。信は、人に事うるなり。信は、婦の徳なり。壱(ひと)たびこれと斉(ひと)しくすれば、終身改めず。故に夫死して嫁がず。男子親迎し、男、女に先んずるは、剛柔の義なり。天、地に先んじ、君、臣に先んず、其の義一なり。摯(し)を執りて以て相見ゆるは、敬して別を章(あきら)かにするなり。男女別有りて、然る後に父子親しみ、父子親しみて然る後に義生じ、義生じて然る後に礼作(おこ)り、礼作りて然る後に万物安んず。別無く義無きは、禽獣の道なり。婿親ら御して綏(すい)を授くるは、これを親しむなり。これを親しむとは、これを親しましむるなり。敬してこれを親しむは、先王の天下を得る所以なり。大門を出でて先んずるは、男は女を帥(ひき)い、女は男に従う、夫婦の義これ由り始まるなり。婦人は、人に従う者なり。幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う。夫なる者は、夫(ふ)なり。夫なる者は、知を以て人を帥いる者なり。玄冕して斎戒するは、鬼神陰陽なればなり。将に以て社稷の主と為り、先祖の後と為らんとす、而して以て敬を致さざるべけんや。牢を共にして食らうは、尊卑を同じうするなり。故に婦人は爵無く、夫の爵に従い、坐するには夫の歯(よわい)を以てす。器に陶匏を用うるは、礼を尚びて然るなり。三王、牢を作るに陶匏を用う。厥(そ)の明(あ)くる、婦、盥(かん)して饋(き)す。舅姑、食を卒うれば、婦、余りを餕(しゅん)す、これを私するなり。舅姑は西階より降り、婦は阼階より降る、これに室を授くるなり。昏礼に楽を用いざるは、幽陰の義なり。楽は陽気なり。昏礼に賀せざるは、人の序なればなり。
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礼記・昏義昏礼(こんれい)は、将に二姓の好(よしみ)を合わせ、上は以て宗廟に事(つか)え、下は以て後世を継がんとするなり。故に君子これを重んず。是(ここ)を以て昏礼の納采(のうさい)・問名(もんめい)・納吉(のうきつ)・納徴(のうちょう)・請期(せいき)は、皆主人廟に筵几(えんき)して、門外に拝迎し、入りて、揖譲(ゆうじょう)して升(のぼ)り、命を廟に聴く。敬慎重正にして昏礼を正す所以(ゆえん)なり。
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荀子・大略篇親迎の礼は、父は南向して立ち、子は北面して跪き、醮して之に命ず。「往きて爾の相を迎え、我が宗事を成せ。隆く率いて以て先妣の嗣を敬まば、若ち則ち常有らん」と。子曰く「諾。唯だ能わざるを恐る、敢えて命を忘れんや」と。
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説苑・修文夏、公齊に如きて女を逆う、何を以て書すか?親迎の禮なり。其の禮奈何?曰く、諸侯は屨二兩に琮を加え、大夫庶人は屨二兩に束脩二を加う。曰く、「某國の寡小君、寡人をして不珍の琮、不珍の屨を奉じて、夫人貞女を禮せしむ。」夫人曰く、「幽室數辱の產有り、未だ傅母の教に諭らざるも、衣裳の事を承執するを得ば、敢えて敬拜せざらんや?」拜祝すれば、祝答拜す。夫人琮を受け一兩を取り、屨以て女に履かしめ、笄を正し衣裳して之に命じて曰く、「往け、善く爾の舅姑に事え、順を以て宮室と為し、爾の心を二つにする無かれ、敢えて回る無かれ。」女拜し、乃ち親ら其の手を引き、夫に戶に授く、夫手を引きて戶を出づ。夫行きて女從い、父に堂に拜辭し、諸母に大門に拜す。夫先ず輿に升りて轡を執り、女乃ち輿に升り、轂三たび轉じて、然る後天下先んじて行く。大夫士庶人は其の父を稱して曰く、「某の父、某の師友、其れをして不珍の屨、不珍の束脩を執らしめ、敢えて某氏の貞女を敬禮せざらんや。」母曰く、「草茅の產有り、未だ織紝紡績の事を習わざるも、箕帚の事を奉執するを得ば、敢えて敬拜せざらんや?」
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