礼記 / 冠義
凡人之所以為人者,禮義也。禮義之始,在於正容體、齊顏色、順辭令。容體正,顏色齊,辭令順,而後禮義備。以正君臣、親父子、和長幼。君臣正,父子親,長幼和,而後禮義立。故冠而後服備,服備而後容體正、顏色齊、辭令順。故曰:「冠者,禮之始也。」是故古者聖王重冠。
新字:凡人之所以為人者,礼義也。礼義之始,在於正容体、斉顔色、順辞令。容体正,顔色斉,辞令順,而後礼義備。以正君臣、親父子、和長幼。君臣正,父子親,長幼和,而後礼義立。故冠而後服備,服備而後容体正、顔色斉、辞令順。故曰:「冠者,礼之始也。」是故古者聖王重冠。
書き下し
凡そ人の人たる所以の者は、礼義なり。礼義の始めは、容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り。容体正しく、顔色斉い、辞令順にして、而る後に礼義備わる。以て君臣を正し、父子を親しみ、長幼を和す。君臣正しく、父子親しみ、長幼和して、而る後に礼義立つ。故に冠して而る後に服備わり、服備わりて而る後に容体正しく、顔色斉い、辞令順なり。故に曰く、「冠は、礼の始めなり」と。是の故に古者(いにしえ)聖王は冠を重んず。
現代語訳
およそ人が人であるゆえんは、礼と義にある。礼と義の始まりは、姿かたちを正し、顔つきを整え、言葉づかいを穏当にすることにある。姿かたちが正しく、顔つきが整い、言葉づかいが穏当になってはじめて、礼と義が身に備わる。それによって君臣の関係を正し、父子を親しませ、年長者と年少者を和ませる。君臣が正しく、父子が親しみ、長幼が和してはじめて、礼と義が確立する。だから冠をかぶってはじめて成人の服装が備わり、服装が備わってはじめて姿かたちが正しく、顔つきが整い、言葉づかいが穏当になる。それゆえ「冠礼(かんれい、成人の儀式)は礼の始まりである」というのである。こういうわけで、昔の聖王は冠礼を重んじた。
解説
この章句が説くこと
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礼記・冠義之を成人とする者は、将に成人の礼を責めんとするなり。成人の礼を責むる者は、将に人の子たり、人の弟たり、人の臣たり、人の少者たるの礼行を責めんとするなり。将に四者の行いを人に責めんとす、其の礼重んぜざるべけんや。 故に孝弟忠順の行い立ちて、而る後に以て人たるべし。以て人たるべくして、而る後に以て人を治むべきなり。故に聖王は礼を重んず。故に曰く、「冠は、礼の始めなり、嘉事の重き者なり」と。是の故に、古者は冠を重んず。冠を重んず、故に之を廟に行う。之を廟に行うは、事を尊重する所以なり。事を尊重して、敢えて重事を擅(ほしいまま)にせず。敢えて重事を擅にせざるは、自ら卑くして先祖を尊ぶ所以なり。
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礼記・冠義古者冠礼は、日を筮(ぜい)し賓を筮す。冠事を敬する所以なり。冠事を敬するは、礼を重んずる所以なり。礼を重んずるは、国の本と為す所以なり。 故に阼(そ)に冠するは、以て代を著すなり。客位に醮(しょう)し、三たび加えて弥(いよいよ)尊きは、加うるに成すこと有るなり。已に冠して之に字(あざな)するは、成人の道なり。母に見(まみ)ゆれば、母之を拝す。兄弟に見ゆれば、兄弟之を拝す。成人にして与に礼を為すなり。玄冠・玄端にて摯(し)を君に奠(てん)し、遂に摯を以て郷大夫・郷先生に見ゆるは、成人を以て見ゆるなり。
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礼記・郊特牲冠義。始めてこれに冠するは、緇布(しふ)の冠なり。大古は布を冠し、斉(ものいみ)すれば則ちこれを緇(くろ)くす。其の緌(ずい)は、孔子曰く、「吾未だこれを聞かざるなり。冠してこれを敝(す)つるも可なり」と。適子、阼に冠するは、以て代を著すなり。客位に醮(しょう)するは、成有るを加うるなり。三たび加えて弥々(いよいよ)尊きは、其の志を諭すなり。冠してこれに字(あざな)するは、其の名を敬するなり。委貌(いぼう)は、周の道なり。章甫(しょうほ)は、殷の道なり。毋追(ぶつい)は、夏后氏の道なり。周は弁、殷は冔(く)、夏は収。三王共に皮弁素積す。大夫の冠礼無くして、其の昏礼有り。古者、五十にして後に爵す、何の大夫の冠礼かこれ有らん。諸侯の冠礼有るは、夏の末に造れるなり。天子の元子も、士なり。天下に生まれながらにして貴き者無きなり。世を継ぎて以て諸侯を立つるは、賢に象るなり。官を以て人を爵するは、徳の殺(さい)なり。死して諡(おくりな)するは、今なり。古者は生きて爵無く、死して諡無し。礼の尊ぶ所は、其の義を尊ぶなり。其の義を失いて、其の数を陳ぬるは、祝史の事なり。故に其の数は陳ぬべきも、其の義は知り難きなり。其の義を知りて敬しんでこれを守るは、天子の天下を治むる所以なり。
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説苑・修文冠とは成人を別つ所以なり、德を脩め躬を束ねて以て自ら申飭す、其の邪心を檢し、其の正意を守る所以なり。君子始めて冠するや、必ず成禮を祝し、冠を加えて以て其の心を屬す、故に君子成人するや、必ず冠帶して以て事を行い、幼少嬉戲惰慢の心を棄てて、進德脩業の志に衎衎たり。是の故に服象を成さざるも、內心變ぜず、內心德を脩め、外禮文を被る、顯令の名を成す所以なり。是の故に皮弁素積、百王易えず、既に以て德を脩め、又以て容を正す。孔子曰く、「其の衣冠を正しくし、其の瞻視を尊くすれば、嚴然として人望みて之を畏る、亦威にして猛からずならずや?」と。
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礼記・昏義夫(そ)れ礼は冠に始まり、昏に本づき、喪祭に重く、朝聘(ちょうへい)に尊く、郷射(きょうしゃ)に和す。此れ礼の大体なり。 夙(つと)に興き、婦沐浴して以て見(まみ)ゆるを俟つ。質明(しつめい)に、賛、婦を舅姑(きゅうこ)に見えしむ。婦、笲(はん)・棗(なつめ)・栗・段脩(だんしゅう)を執りて以て見ゆ。賛、婦に醴(れい)す。婦、脯醢(ほかい)を祭り、醴を祭るは、婦の礼を成すなり。舅姑室に入り、婦、特豚(とくとん)を以て饋(き)するは、婦の順を明らかにするなり。厥(そ)の明、舅姑共に婦を饗するに一献の礼を以てす。奠酬(てんしゅう)して、舅姑先に西階より降り、婦、阼階(そかい)より降るは、以て代わるを著(あら)わすなり。
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礼記・礼運夫れ礼は必ず天に本づき、動きて地に之(ゆ)き、列して事に之き、変じて時に従い、分芸に協(かな)う。其の人に居るや養と曰い、其の之を行うに貨・力・辞譲、飲・食・冠・昏・喪・祭・射・御・朝・聘を以てす。 故に礼義なる者は、人の大端なり。信を講じ睦を脩めて人の肌膚の会、筋骸の朿(たば)を固むる所以なり。生を養い死を送り、鬼神に事うるの大端なる所以なり。天道に達し、人情に順うの大竇(たいとう)なる所以なり。
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