説苑 / 修文
冠者所以別成人也,脩德束躬以自申飭,所以檢其邪心,守其正意也。君子始冠,必祝成禮,加冠以屬其心,故君子成人,必冠帶以行事,棄幼少嬉戲惰慢之心,而衎衎於進德脩業之志。是故服不成象,而內心不變,內心脩德,外被禮文,所以成顯令之名也。是故皮弁素積,百王不易,既以脩德,又以正容。孔子曰:「正其衣冠,尊其瞻視,嚴然人望而畏之,不亦威而不猛乎?」
新字:冠者所以別成人也,脩徳束躬以自申飭,所以検其邪心,守其正意也。君子始冠,必祝成礼,加冠以属其心,故君子成人,必冠帯以行事,棄幼少嬉戯惰慢之心,而衎衎於進徳脩業之志。是故服不成象,而内心不変,内心脩徳,外被礼文,所以成顕令之名也。是故皮弁素積,百王不易,既以脩徳,又以正容。孔子曰:「正其衣冠,尊其瞻視,厳然人望而畏之,不亦威而不猛乎?」
書き下し
冠とは成人を別つ所以なり、德を脩め躬を束ねて以て自ら申飭す、其の邪心を檢し、其の正意を守る所以なり。君子始めて冠するや、必ず成禮を祝し、冠を加えて以て其の心を屬す、故に君子成人するや、必ず冠帶して以て事を行い、幼少嬉戲惰慢の心を棄てて、進德脩業の志に衎衎たり。是の故に服象を成さざるも、內心變ぜず、內心德を脩め、外禮文を被る、顯令の名を成す所以なり。是の故に皮弁素積、百王易えず、既に以て德を脩め、又以て容を正す。孔子曰く、「其の衣冠を正しくし、其の瞻視を尊くすれば、嚴然として人望みて之を畏る、亦威にして猛からずならずや?」と。
現代語訳
元服の冠は成人と未成年を区別するためのものであり、徳を修め身を引き締めて自らを戒め、邪心を検め正しい志を守るためのものである。君子が初めて冠をつける際には、必ず成人の礼を祝い、冠を加えることによって心を引き締める。だから君子は成人すると、必ず冠と帯を整えて物事に当たり、幼少期の遊び戯れる怠惰な心を捨て、徳を進め学業を修める志に励むのである。だから、たとえ服装だけでは象徴が完成しなくとも、内心が変わらなければ意味がない。内心で徳を修め、外には礼にかなった装いをまとう、これこそが立派な名声を成す所以である。だから皮弁(冠の一種)や素積(裳の一種)は歴代の王たちが変えることがなかった。それは徳を修めると同時に、容姿を正すためでもあった。孔子は「衣服や冠を正しく整え、目線を尊く保てば、厳然として人が仰ぎ見て畏れ敬う。これこそ威厳がありながら猛々しくないということではないか」と言った。
解説

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