礼記 / 礼運
「故仕於公曰臣,仕於家曰僕。三年之喪,與新有昏者,期不使。以衰裳入朝,與家僕雜居齊齒,非禮也,是謂君與臣同國。故天子有田以處其子孫,諸侯有國以處其子孫,大夫有采以處其子孫,是謂制度。故天子適諸侯,必舍其祖廟,而不以禮籍入,是謂天子壞法亂紀。諸侯非問疾弔喪而入諸臣之家,是謂君臣為謔。
新字:「故仕於公曰臣,仕於家曰僕。三年之喪,与新有昏者,期不使。以衰裳入朝,与家僕雑居斉歯,非礼也,是謂君与臣同国。故天子有田以処其子孫,諸侯有国以処其子孫,大夫有采以処其子孫,是謂制度。故天子適諸侯,必舎其祖廟,而不以礼籍入,是謂天子壊法乱紀。諸侯非問疾弔喪而入諸臣之家,是謂君臣為謔。
書き下し
故に公に仕うるを臣と曰い、家に仕うるを僕と曰う。三年の喪と、新たに昏有る者とは、期(き)まで使わず。衰裳(さいしょう)を以て朝に入り、家僕と雑居して歯を斉しくするは、礼に非ざるなり。是を君と臣と国を同じくすと謂う。故に天子は田有りて以て其の子孫を処(お)き、諸侯は国有りて以て其の子孫を処き、大夫は采(さい)有りて以て其の子孫を処く。是を制度と謂う。故に天子諸侯に適くに、必ず其の祖廟に舎し、而も礼籍を以て入らざる、是を天子法を壊り紀を乱すと謂う。諸侯疾を問い喪を弔うに非ずして諸臣の家に入る、是を君臣謔(たわむ)ると謂う。
現代語訳
だから、君の公室に仕える者を臣といい、大夫の家に仕える者を僕という。三年の喪に服している者と、新たに結婚した者は、一年のあいだ使役しない。喪服を着たまま朝廷に入ったり、君の臣が大夫の家の僕と入り混じって年齢順に並んだりするのは礼ではない。これを、君と臣とが国を同じくする(上下の区別がない)という。だから天子は畿内の田地を持ってその子孫を住まわせ、諸侯は国を持ってその子孫を住まわせ、大夫は采地(知行地)を持ってその子孫を住まわせる。これを制度という。それゆえ天子が諸侯の国へ行けば必ずその祖廟に宿るが、礼の記録に定められた作法によらずに入るならば、これを天子が法を壊し綱紀を乱すという。諸侯が病気見舞いや弔問でもないのに臣下の家に入るならば、これを君臣がたわむれるという。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・服問君は天子の為に三年、夫人は外宗の君の為にするが如し。世子は天子の為に服せず。君の主(つかさど)る所は、夫人・妻・大子・適婦(てきふ)なり。大夫の適子は、君・夫人・大子の為に、士の服の如くす。 君の母、夫人に非ざれば、則ち群臣は服無し。唯だ近臣及び僕・驂乗(さんじょう)のみ従いて服す。唯だ君の服する所のみ服するなり。公は卿大夫の為に錫衰(しゃくさい)して以て居り、出づるも亦たかくの如し。事に当たれば則ち弁絰(べんてつ)す。大夫の相為にするも亦た然り。其の妻の為には、往けば則ち之を服し、出づれば則ち否ず。
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礼記・雑記上凡そその君に訃(ふ)するには、曰く「君の臣某死す」と。父母・妻・長子には、曰く「君の臣某の某死す」と。君、他国の君に訃するには、曰く「寡君禄(ろく)せず、敢えて執事に告ぐ」と。夫人には、曰く「寡小君禄せず」と。大子の喪には、曰く「寡君の適子某死す」と。大夫、同国に訃するに、適(てき)する者には、曰く「某禄せず」と。士に訃するにも、亦た曰く「某禄せず」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣寡大夫某死す」と。適する者に訃するには、曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実(いた)らしむ」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実らしむ」と。士、同国の大夫に訃するには、曰く「某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「某死す」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣某死す」と。大夫に訃するには、曰く「吾子の外私某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私某死す」と。大夫は公館に次(やど)りて以て喪を終え、士は練にして帰る。士は公館に次り、大夫は廬に居り、士は堊室(あくしつ)に居る。大夫、その父母兄弟の未だ大夫為らざる者の喪の為には、服すること士の服の如くす。士、その父母兄弟の大夫為る者の喪の為には、服すること士の服の如くす。大夫の適子は、大夫の服を服す。大夫の庶子の大夫為るは、則ちその父母の為に大夫の服を服す。その位は、未だ大夫為らざる者と歯(よわい)す。士の子の大夫為るは、則ちその父母主(つかさど)る能わず、その子をしてこれを主らしむ。子無ければ、則ちこれが為に後を置く。
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礼記・曲礼下国君は社稷に死し、大夫は衆に死し、士は制に死す。 天下に君たるを、「天子」と曰う。諸侯を朝せしめ、職を分かち、政を授け、功に任ずるには、「予一人」と曰う。阼(そ)を践み、祭祀に臨むには、内事には「孝王某」と曰い、外事には「嗣王某」と曰う。諸侯に臨み、鬼神に畛(つ)ぐるには、「有天王某甫(ほ)」と曰う。崩ずれば、「天王崩ず」と曰う。復するには、「天子復(かえ)れ」と曰う。喪を告ぐるには、「天王登假(とうか)す」と曰う。これを廟に措き、これが主を立つれば、「帝」と曰う。天子未だ喪を除かざれば、「予小子」と曰う。生きてこれに名づけ、死して亦たこれに名づく。
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礼記・王制王者の禄爵を制するや、公・侯・伯・子・男、凡そ五等なり。諸侯の上大夫卿・下大夫・上士・中士・下士、凡そ五等なり。天子の田は方千里、公侯の田は方百里、伯は七十里、子男は五十里。五十里なること能わざる者は、天子に合せず、諸侯に附くを附庸(ふよう)と曰う。天子の三公の田は公侯に視(なぞら)え、天子の卿は伯に視え、天子の大夫は子男に視え、天子の元士は附庸に視う。
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礼記・坊記子云う、「客階より升り、弔を賓位に受くるは、民に追孝を教うるなり。未だ喪を没(お)えざれば君と称せざるは、民に争わざるを示すなり。故に魯の《春秋》に晋の喪を記して曰く、『其の君の子奚齊(けいせい)と其の君卓とを殺す』と。此を以て民を坊ぐも、子猶お其の父を弑する者有り」と。 子云う、「孝以て君に事え、弟(てい)以て長に事うるは、民に貳(ふたごころ)あらざるを示すなり。故に君子は君有れば仕えんことを謀らず、唯だ卜するの日に二君と称す。父に喪すること三年、君に喪すること三年なるは、民に疑わざるを示すなり。父母在せば、敢えて其の身を有せず、敢えて其の財を私せざるは、民に上下有るを示すなり。故に天子は四海の内に客礼無く、敢えて主と為る莫し。故に君其の臣に適けば、阼階より升り、堂に位に即くは、民に敢えて其の室を有せざるを示すなり。父母在せば、饋献車馬に及ばざるは、民に敢えて専らにせざるを示すなり。此を以て民を坊ぐも、民猶お其の親を忘れて其の君に貳す」と。
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礼記・喪大記君は大夫・世婦に於いては大斂にす。これが為に賜えば則ち小斂にす。外命婦に於いては、既に蓋を加えて君至る。士に於いては、既に殯して往く。これが為に賜えば、大斂にす。夫人は世婦に於いては、大斂にす。これが為に賜えば、小斂にす。諸妻に於いては、これが為に賜えば、大斂にす。大夫・外命婦に於いては、既に殯して往く。大夫・士既に殯して君往くには、人をしてこれに戒めしむ。主人は殷奠(いんてん)の礼を具え、門外に俟つ。馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり、巫は門外に止まり、祝これに代わりて先んじ、君は菜を門内に釈く。祝先ず阼階より升り、墉(よう)を負いて南面す。君は阼に位に即く。小臣二人戈を執りて前に立ち、二人後に立つ。擯者進み、主人拝して稽顙す。君言を称し、祝を視て踊し、主人踊す。大夫には則ち奠して可なり。士には則ち出でて門外に俟ち、これに命じて反りて奠せしめ、乃ち反りて奠す。奠を卒うれば、主人先ず門外に俟ち、君退けば、主人門外に送り、拝して稽顙す。君は大夫の疾には、三たびこれを問い、殯に在りては、三たび往く。士の疾には、壱たびこれを問い、殯に在りては、壱たび往く。君弔すれば則ち殯服に復す。夫人大夫・士に弔すれば、主人出でて門外に迎え、馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり。夫人入り、堂に升りて位に即く。主婦西階より降り、下に拝して稽顙す。夫人世子を視て踊す。奠は君至るの礼の如くす。夫人退けば、主婦門内に送り、拝して稽顙す。主人は大門の外に送りて拝せず。大夫、君は門外に迎えず。入りて堂下に位に即く。主人北面し、衆主人南面し、婦人は位に房中に即く。若し君命、命夫・命婦の命、四隣の賓客有れば、その君は主人に後れて拝す。君弔するには、尸柩を見て後に踊す。大夫・士、若し君戒めずして往けば、殷奠を具えず。君退けば必ず奠す。
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