礼記 / 雑記上
凡訃於其君,曰:「君之臣某死」;父母、妻、長子,曰:「君之臣某之某死」。君訃於他國之君,曰:「寡君不祿,敢告於執事。」;夫人,曰:「寡小君不祿。」;大子之喪,曰:「寡君之適子某死。」大夫訃於同國:適者,曰:「某不祿」;訃於士,亦曰:「某不祿」;訃於他國之君,曰:「君之外臣寡大夫某死」,訃於適者,曰:「吾子之外私寡大夫某不祿,使某實。」訃於士,亦曰:「吾子之外私寡大夫某不祿,使某實。」士訃於同國大夫,曰:「某死」,訃於士,亦曰:「某死」;訃於他國之君,曰:「君之外臣某死」,訃於大夫,曰:「吾子之外私某死」,訃於士,亦曰:「吾子之外私某死」。大夫次於公館以終喪,士練而歸。士次於公館,大夫居廬,士居堊室。大夫為其父母兄弟之未為大夫者之喪,服如士服。士為其父母兄弟之為大夫者之喪,服如士服。大夫之適子,服大夫之服。大夫之庶子為大夫,則為其父母服大夫服;其位,與未為大夫者齒。士之子為大夫,則其父母弗能主也,使其子主之。無子,則為之置後。
新字:凡訃於其君,曰:「君之臣某死」;父母、妻、長子,曰:「君之臣某之某死」。君訃於他国之君,曰:「寡君不禄,敢告於執事。」;夫人,曰:「寡小君不禄。」;大子之喪,曰:「寡君之適子某死。」大夫訃於同国:適者,曰:「某不禄」;訃於士,亦曰:「某不禄」;訃於他国之君,曰:「君之外臣寡大夫某死」,訃於適者,曰:「吾子之外私寡大夫某不禄,使某実。」訃於士,亦曰:「吾子之外私寡大夫某不禄,使某実。」士訃於同国大夫,曰:「某死」,訃於士,亦曰:「某死」;訃於他国之君,曰:「君之外臣某死」,訃於大夫,曰:「吾子之外私某死」,訃於士,亦曰:「吾子之外私某死」。大夫次於公館以終喪,士練而帰。士次於公館,大夫居廬,士居堊室。大夫為其父母兄弟之未為大夫者之喪,服如士服。士為其父母兄弟之為大夫者之喪,服如士服。大夫之適子,服大夫之服。大夫之庶子為大夫,則為其父母服大夫服;其位,与未為大夫者歯。士之子為大夫,則其父母弗能主也,使其子主之。無子,則為之置後。
書き下し
凡そその君に訃(ふ)するには、曰く「君の臣某死す」と。父母・妻・長子には、曰く「君の臣某の某死す」と。君、他国の君に訃するには、曰く「寡君禄(ろく)せず、敢えて執事に告ぐ」と。夫人には、曰く「寡小君禄せず」と。大子の喪には、曰く「寡君の適子某死す」と。大夫、同国に訃するに、適(てき)する者には、曰く「某禄せず」と。士に訃するにも、亦た曰く「某禄せず」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣寡大夫某死す」と。適する者に訃するには、曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実(いた)らしむ」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私寡大夫某禄せず、某をして実らしむ」と。士、同国の大夫に訃するには、曰く「某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「某死す」と。他国の君に訃するには、曰く「君の外臣某死す」と。大夫に訃するには、曰く「吾子の外私某死す」と。士に訃するにも、亦た曰く「吾子の外私某死す」と。大夫は公館に次(やど)りて以て喪を終え、士は練にして帰る。士は公館に次り、大夫は廬に居り、士は堊室(あくしつ)に居る。大夫、その父母兄弟の未だ大夫為らざる者の喪の為には、服すること士の服の如くす。士、その父母兄弟の大夫為る者の喪の為には、服すること士の服の如くす。大夫の適子は、大夫の服を服す。大夫の庶子の大夫為るは、則ちその父母の為に大夫の服を服す。その位は、未だ大夫為らざる者と歯(よわい)す。士の子の大夫為るは、則ちその父母主(つかさど)る能わず、その子をしてこれを主らしむ。子無ければ、則ちこれが為に後を置く。
現代語訳
臣下が亡くなって主君に訃報(死の知らせ)を伝えるときは、「君の臣である某が死にました」という。臣下の父母・妻・長子が亡くなったときは、「君の臣である某の、何々が死にました」という。君主が他国の君主に訃報を伝えるときは、「わが君は禄を受けられなくなりました(亡くなりました)。謹んで執事の方にお知らせいたします」という。夫人の場合は「わが小君は禄を受けられなくなりました」という。太子の喪では「わが君の嫡子某が死にました」という。大夫が亡くなって同じ国の、爵位の等しい者に知らせるときは「某は禄を受けられなくなりました」といい、士に知らせるときも同じく「某は禄を受けられなくなりました」という。他国の君主に知らせるときは「君の外臣である寡大夫某が死にました」という。他国の爵位の等しい者に知らせるときは「あなたと私的に親しくしておりました寡大夫某が禄を受けられなくなりました。某を遣わしてお知らせに参らせます」といい、他国の士に知らせるときも同じ言葉を用いる。士が亡くなって同じ国の大夫に知らせるときは「某が死にました」といい、士に知らせるときも同じく「某が死にました」という。他国の君主に知らせるときは「君の外臣某が死にました」といい、他国の大夫に知らせるときは「あなたと私的に親しくしておりました某が死にました」といい、他国の士に知らせるときも同じ言葉を用いる。主君が亡くなったとき、大夫は宮中の宿舎に寝泊まりして三年の喪を終えるが、士は一周忌の練祭が済めば帰る。ただし朝廷に仕える士は宮中の宿舎に寝泊まりする。練祭までは、大夫は倚廬(いろ、喪に服すための粗末な小屋)に住み、士は堊室(あくしつ、白土を塗った粗末な部屋)に住む。大夫が、大夫でない父母や兄弟の喪に服するときは、士の喪服を着る。士が、大夫である父母や兄弟の喪に服するときも、士の喪服を着る。大夫の嫡子は、大夫の喪服を着る。大夫の庶子で自身が大夫となった者は、父母のために大夫の喪服を着るが、喪の席次は大夫でない兄弟たちと年齢順に並ぶ。士の子で大夫となった者が亡くなったときは、その父母は喪主を務めることができないので、亡くなった者の子に喪主をさせる。子がなければ、その者のために跡継ぎを立てる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・雑記上大夫、宅と葬日とを卜するに、有司は麻衣・布衰・布帯し、喪屨に因り、緇布の冠は蕤(ずい)せず。占う者は皮弁す。如し筮すれば、則ち史は練冠長衣して以て筮し、占う者は朝服す。大夫の喪、既に馬を薦む。馬を薦むる者は、哭踊し、出でて乃ち奠を包みて書を読む。大夫の喪には、大宗人相(たす)け、小宗人亀に命じ、卜人亀を作(や)く。復するに、諸侯は褒衣・冕服・爵弁服を以てし、夫人は稅衣(たんい)・揄狄(ようてき)、狄・稅は素沙なり。内子は鞠衣(きくい)・褒衣・素沙を以てす。下大夫は襢衣(てんい)を以てし、その余は士の如し。復は西を上とす。大夫は揄絞(ようこう)を池の下に属(つ)けず。大夫は士に附(ふ)し、士は大夫に附せず、大夫の昆弟に附す。昆弟無ければ、則ちその昭穆に従う。王父母在りと雖も、亦た然り。婦はその夫の附する所の妃に附し、妃無ければ、則ち亦たその昭穆の妃に従う。妾は妾祖姑に附し、妾祖姑無ければ則ち亦たその昭穆の妾に従う。男子は王父に附すれば則ち配し、女子は王母に附すれば、則ち配せず。公子は公子に附す。君薨ずれば、大子は号して子と称し、待つこと猶お君のごときなり。
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礼記・喪大記君は大夫・世婦に於いては大斂にす。これが為に賜えば則ち小斂にす。外命婦に於いては、既に蓋を加えて君至る。士に於いては、既に殯して往く。これが為に賜えば、大斂にす。夫人は世婦に於いては、大斂にす。これが為に賜えば、小斂にす。諸妻に於いては、これが為に賜えば、大斂にす。大夫・外命婦に於いては、既に殯して往く。大夫・士既に殯して君往くには、人をしてこれに戒めしむ。主人は殷奠(いんてん)の礼を具え、門外に俟つ。馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり、巫は門外に止まり、祝これに代わりて先んじ、君は菜を門内に釈く。祝先ず阼階より升り、墉(よう)を負いて南面す。君は阼に位に即く。小臣二人戈を執りて前に立ち、二人後に立つ。擯者進み、主人拝して稽顙す。君言を称し、祝を視て踊し、主人踊す。大夫には則ち奠して可なり。士には則ち出でて門外に俟ち、これに命じて反りて奠せしめ、乃ち反りて奠す。奠を卒うれば、主人先ず門外に俟ち、君退けば、主人門外に送り、拝して稽顙す。君は大夫の疾には、三たびこれを問い、殯に在りては、三たび往く。士の疾には、壱たびこれを問い、殯に在りては、壱たび往く。君弔すれば則ち殯服に復す。夫人大夫・士に弔すれば、主人出でて門外に迎え、馬首を見れば、先ず入りて門の右にあり。夫人入り、堂に升りて位に即く。主婦西階より降り、下に拝して稽顙す。夫人世子を視て踊す。奠は君至るの礼の如くす。夫人退けば、主婦門内に送り、拝して稽顙す。主人は大門の外に送りて拝せず。大夫、君は門外に迎えず。入りて堂下に位に即く。主人北面し、衆主人南面し、婦人は位に房中に即く。若し君命、命夫・命婦の命、四隣の賓客有れば、その君は主人に後れて拝す。君弔するには、尸柩を見て後に踊す。大夫・士、若し君戒めずして往けば、殷奠を具えず。君退けば必ず奠す。
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礼記・雑記上その国に君の喪有れば、敢えて吊を受けず。外宗は房中に南面し、小臣は席を鋪(し)き、商祝は絞・紟(きん)・衾を鋪き、士は盤の北に盥(あら)う。尸を挙げて斂の上に遷し、斂を卒(お)うれば、宰、子に告げ、これに馮(よ)りて踊す。夫人は東面して坐し、これに馮りて興ちて踊す。士の喪に天子と同じき者三有り。その終夜燎(にわび)し、及び人に乗(しょう)し、道を専らにして行く。
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礼記・服問君は天子の為に三年、夫人は外宗の君の為にするが如し。世子は天子の為に服せず。君の主(つかさど)る所は、夫人・妻・大子・適婦(てきふ)なり。大夫の適子は、君・夫人・大子の為に、士の服の如くす。 君の母、夫人に非ざれば、則ち群臣は服無し。唯だ近臣及び僕・驂乗(さんじょう)のみ従いて服す。唯だ君の服する所のみ服するなり。公は卿大夫の為に錫衰(しゃくさい)して以て居り、出づるも亦たかくの如し。事に当たれば則ち弁絰(べんてつ)す。大夫の相為にするも亦た然り。其の妻の為には、往けば則ち之を服し、出づれば則ち否ず。
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礼記・雑記上諸侯行きて館に死すれば、則ちその復(ふく)はその国に於けるが如くす。道に於けるが如きは、則ちその乗車の左轂(さこく)に升りて、その綏(すい)を以て復す。その輤(せん)には裧(せん)有り、緇布(しふ)の裳帷(しょうい)、素錦以て屋と為して行く。廟門に至り、墻を毀たずして遂に入りて殯する所に適き、唯だ輤のみ為に廟門の外に説(と)く。大夫・士、道に死すれば、則ちその乗車の左轂に升りて、その綏を以て復す。如し館に死すれば、則ちその復は家に於けるが如くす。大夫は布を以て輤と為して行き、家に至りて輤を説き、載するに輲車(せんしゃ)を以てし、門より入りて阼階(そかい)の下に至りて車を説き、阼階より挙げて、升りて殯する所に適く。士の輤は、葦席以て屋と為し、蒲席以て裳帷と為す。
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礼記・雑記上凡そ婦人は、その夫の爵位に従う。小斂・大斂・啓には、皆辯(あまね)く拝す。朝夕に哭するには、帷(い)せず。柩無き者は帷せず。君若し載して後にこれを吊すれば、則ち主人は東面して拝し、門の右に北面して踊し、出でて待ち、反りて後に奠す。子羔(しこう)の襲(しゅう)するや、繭衣裳と稅衣(たんい)・纁袡(くんぜん)と一と為し、素端一、皮弁一、爵弁一、玄冕一。曾子曰く、「婦服を襲せず」と。君の為に使いして死するは、公館には復し、私館には復せず。公館とは、公宮と公の為(つく)る所となり。私館とは、卿大夫より以下の家なり。公は七踊、大夫は五踊、婦人は間に居り、士は三踊、婦人は皆間に居る。公の襲は、卷衣(こんい)一、玄端一、朝服一、素積一、纁裳一、爵弁二、玄冕一、褒衣一。朱緑の帯、申ねて大帯を上に加う。小斂の環絰(かんてつ)は、公・大夫・士一なり。公、大斂を視るには、公升りて、商祝席を鋪き、乃ち斂す。魯人の贈や、三玄二纁、広さ尺、長さ幅を終う。
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