礼記 / 坊記
子云:「升自客階,受吊於賓位,教民追孝也。未沒喪不稱君,示民不爭也。故魯《春秋》記晉喪曰:『殺其君之子奚齊及其君卓。』以此坊民,子猶有弑其父者。」 子云:「孝以事君,弟以事長,示民不貳也。故君子有君不謀仕,唯卜之日稱二君。喪父三年,喪君三年,示民不疑也。父母在,不敢有其身,不敢私其財,示民有上下也。故天子四海之內無客禮,莫敢為主焉。故君適其臣,升自阼階,即位於堂,示民不敢有其室也。父母在,饋獻不及車馬,示民不敢專也。以此坊民,民猶忘其親而貳其君。」
新字:子云:「升自客階,受吊於賓位,教民追孝也。未没喪不称君,示民不争也。故魯《春秋》記晋喪曰:『殺其君之子奚斉及其君卓。』以此坊民,子猶有弑其父者。」 子云:「孝以事君,弟以事長,示民不貳也。故君子有君不謀仕,唯卜之日称二君。喪父三年,喪君三年,示民不疑也。父母在,不敢有其身,不敢私其財,示民有上下也。故天子四海之内無客礼,莫敢為主焉。故君適其臣,升自阼階,即位於堂,示民不敢有其室也。父母在,饋献不及車馬,示民不敢専也。以此坊民,民猶忘其親而貳其君。」
書き下し
子云う、「客階より升り、弔を賓位に受くるは、民に追孝を教うるなり。未だ喪を没(お)えざれば君と称せざるは、民に争わざるを示すなり。故に魯の《春秋》に晋の喪を記して曰く、『其の君の子奚齊(けいせい)と其の君卓とを殺す』と。此を以て民を坊ぐも、子猶お其の父を弑する者有り」と。 子云う、「孝以て君に事え、弟(てい)以て長に事うるは、民に貳(ふたごころ)あらざるを示すなり。故に君子は君有れば仕えんことを謀らず、唯だ卜するの日に二君と称す。父に喪すること三年、君に喪すること三年なるは、民に疑わざるを示すなり。父母在せば、敢えて其の身を有せず、敢えて其の財を私せざるは、民に上下有るを示すなり。故に天子は四海の内に客礼無く、敢えて主と為る莫し。故に君其の臣に適けば、阼階より升り、堂に位に即くは、民に敢えて其の室を有せざるを示すなり。父母在せば、饋献車馬に及ばざるは、民に敢えて専らにせざるを示すなり。此を以て民を坊ぐも、民猶お其の親を忘れて其の君に貳す」と。
現代語訳
孔子は言った。「葬儀を終えて家に帰ったとき、跡継ぎが客の階段(西階)から堂に上り、客の位置で弔問を受けるのは、民に亡き親への孝を追い続けることを教えるのである。三年の喪を終えないうちは君と称さないのは、民に争わないことを示すのである。それゆえ魯の『春秋』は晋の喪を記して『その君の子奚斉(けいせい)を殺し、またその君卓(たく)を殺した』という。こうして民を防いでも、子にはなお父を弑する者がいる」。 孔子は言った。「親への孝をもって君に仕え、兄への悌(てい)をもって年長者に仕えるのは、民に二心がないことを示すのである。それゆえ君の子(世継ぎ)は、君が在位しているうちは仕官を謀らず、ただ君に代わって占うときにだけ、自らを『君の貳(そえ)』と称する。父の喪に三年服し、君の喪にも三年服するのは、君の尊さを民に疑わせないためである。父母が生きているうちは、自分の身を自分のものとせず、財を私しないのは、民に上下の別があることを示すのである。それゆえ天子には天下のどこでも客としての礼はなく、天子に対して主人となる者はいない。それゆえ君主が臣下の家に行けば、主人の階段である阼階から上り、堂上の主人の位置に就く。これは民に、臣がその家を自分だけのものとはしないことを示すのである。父母が生きているうちは、人への贈り物が車馬にまで及ばないのは、民に勝手をしないことを示すのである。こうして民を防いでも、民はなお親を忘れ、君に二心を抱く」。
解説
この章句が説くこと
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