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礼記 / 奔喪

齊衰望鄉而哭,大功望門而哭,小功至門而哭,緦麻即位而哭。 哭父之黨於廟,母妻之黨於寢,師於廟門外,朋友於寢門外,所識於野張帷。凡為位不奠。哭天子九,諸侯七,卿大夫五,士三。大夫哭諸侯,不敢拜賓。諸臣在他國,為位而哭,不敢拜賓。與諸侯為兄弟,亦為位而哭。凡為位者壹袒。

新字:斉衰望郷而哭,大功望門而哭,小功至門而哭,緦麻即位而哭。 哭父之党於廟,母妻之党於寝,師於廟門外,朋友於寝門外,所識於野張帷。凡為位不奠。哭天子九,諸侯七,卿大夫五,士三。大夫哭諸侯,不敢拝賓。諸臣在他国,為位而哭,不敢拝賓。与諸侯為兄弟,亦為位而哭。凡為位者壱袒。

書き下し

齊衰は郷(きょう)を望みて哭し、大功は門を望みて哭し、小功は門に至りて哭し、緦麻(しま)は位に即きて哭す。 父の党を廟に哭し、母・妻の党を寝に哭し、師を廟門の外に、朋友を寝門の外に、識る所を野に帷(い)を張りて哭す。凡そ位を為るに奠(てん)せず。天子を哭するには九、諸侯には七、卿大夫には五、士には三。大夫は諸侯を哭するに、敢えて賓を拝せず。諸臣他国に在れば、位を為りて哭し、敢えて賓を拝せず。諸侯と兄弟為(た)るも、亦位を為りて哭す。凡そ位を為る者は壹(ひと)たび袒す。

現代語訳

奔喪するとき、齊衰の親族は故郷の地が見えたところで哭き、大功(だいこう、齊衰に次ぐ九か月の喪)の親族はその家の門が見えたところで哭き、小功(しょうこう、五か月の喪)の親族は門に着いてから哭き、緦麻(しま、最も軽い三か月の喪)の親族は位に就いてから哭く。 父方の一族の死は廟(びょう、祖先を祀る所)で哭き、母方と妻方の一族の死は寝(しん、居室)で哭き、師の死は廟の門の外で、友人の死は寝の門の外で、顔見知りの死は野に帷(とばり)を張って哭く。およそ遠方で位を設けて哭くときには、奠(てん、死者への供え物)は供えない。天子の死に対しては九度哭き、諸侯には七度、卿大夫には五度、士には三度哭く。大夫が諸侯の死に哭くときには、自ら客を拝することはしない。臣下たちが他国にあって自国の君の死を聞けば、位を設けて哭くが、自ら客を拝することはしない。諸侯と兄弟の間柄にある者も、また位を設けて哭く。およそ位を設けて哭く者は、一度だけ袒する。

解説

喪の軽重と、死者との関係に応じて、どこで、いつ、何度哭くかを整理した段である。前半は奔喪の道中の哭で、齊衰は故郷の地が見えたところで、大功は門が見えたところで、小功は門に着いてから、緦麻は位に就いてから哭く。関係が近いほど、遠くから悲しみがこみ上げるのを許すのである。後半は、遠方で哭する場所の定めで、父方の一族は祖先の廟、母方と妻方の一族は居室、師は廟の門の外、友人は居室の門の外、顔見知りは野に帷を張って哭く。檀弓上篇にも孔子の言葉として、師を寝に、朋友を寝門の外に、知人を野に哭するという似た区分が伝えられている。哭する回数も、天子九、諸侯七、卿大夫五、士三と、死者の身分によって差がつけられる。死者との血縁、師弟、友情、面識という関係の違いを、場所と回数に置き換えて形にしているのである。誰の死にどれほど悲しむかを決めてしまうことに違和感を覚える人もいるだろうが、関係に応じた弔い方があることで、かえって悲しみを表しやすくなる面もある。

この章句が説くこと

礼記奔喪喪礼親疎師友

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