礼記 / 緇衣
子曰:私惠不歸德,君子不自留焉。《詩》云:「人之好我,示我周行。」 子曰:苟有車,必見其軾;苟有衣,必見其敝;人苟或言之,必聞其聲;苟或行之,必見其成。《葛覃》曰:「服之無射。」
新字:子曰:私恵不帰徳,君子不自留焉。《詩》云:「人之好我,示我周行。」 子曰:苟有車,必見其軾;苟有衣,必見其敝;人苟或言之,必聞其声;苟或行之,必見其成。《葛覃》曰:「服之無射。」
書き下し
子曰く、「私恵(しけい)の徳に帰せざるは、君子自ら留めず。詩に云う、『人の我を好(よみ)する、我に周行(しゅうこう)を示せ』」と。 子曰く、「苟(いやし)くも車有れば必ずその軾(しょく)を見、苟くも衣有れば必ずその敝(へい)を見る。人苟くも或いはこれを言えば必ずその声を聞き、苟くも或いはこれを行えば必ずその成るを見る。葛覃(かつたん)に曰く、『これを服して射(いと)うこと無し』」と。
現代語訳
先生は言われた。「私的な恩恵で、徳に基づかないものは、君子はそれを自分の手元に留めて受けることをしない。『詩』に『人が私を好いてくれるなら、私に大いなる正しい道を示してほしい』とある」。 先生は言われた。「車があれば必ずその軾(しょく、車の前の横木)が目に入り、衣があれば必ずそれが擦り切れていくのが目に入る。人がもし何かを言えば必ずその声が聞こえ、もし何かを行えば必ずその結果が現れる。『詩』の葛覃(かつたん)に『この衣を身に着けて、いとうことがない』とある」。
解説
恩恵の受け方と、言行が必ず現れることを述べた段である。前半は、徳に基づかない私的な恩恵を君子は受けとらない、と言う。人が好意から物をくれても、それが道にかなうものでなければ手元に留めない。引かれた詩は小雅「鹿鳴」の句で、人が私を好いてくれるなら、物ではなく正しい道を示してほしい、という意味に取られている。好意の形を物ではなく道に求める姿勢である。後半は、車に乗れば軾が見え、衣を着れば擦り切れが見えるように、人が言えば声は聞こえ、行えば結果は現れると言う。どんな言動も隠しおおせるものではなく、必ずその跡が残る、という指摘である。葛覃は周南の詩で、自ら織った衣を着て飽きることがないと歌う。言ったことやしたことは、使い込んだ道具や衣のように、いつか必ず形となって人の目に触れる。贈り物や接待を受けるときにそれが筋の通ったものかを考えることと、自分の言動の痕跡に責任をもつこと。現代の職業倫理にもつながる二つの教えである。
この章句が説くこと
礼記緇衣恩恵言行廉潔
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