礼記 / 表記
子曰:君子敬則用祭器。是以不廢日月,不違龜筮,以敬事其君長。是以上不瀆於民,下不褻於上。
新字:子曰:君子敬則用祭器。是以不廃日月,不違亀筮,以敬事其君長。是以上不瀆於民,下不褻於上。
書き下し
子曰く、「君子は敬すれば則ち祭器を用う。是を以て日月を廃せず、亀筮に違わず、以て敬してその君長に事う。是を以て上は民に瀆(けが)されず、下は上に褻(な)れず」と。
現代語訳
先生は言われた。「君子は敬を尽くすべき場面では祭器を用いる。そのため定められた日や月をないがしろにせず、亀卜と筮の結果に背かず、そうして敬いをもって君主や長上に仕える。こうして、上に立つ者は民との間で礼を乱して侮られることがなく、下の者は上の者に対して狎れて慢ることがない」。
解説
表記篇の結びに置かれた短い段である。祭器は本来、神を祀るための器であるが、君子は人に対して深い敬意を表す場面でも祭器を用いる、と言う。日取りを軽んじず、卜筮に背かないという神事の慎みを、そのまま君主や長上に仕える態度に移すのである。こうして上下の間に敬いが通えば、上に立つ者は民との関係で礼を崩して侮られることがなく、下の者も上に対して馴れ馴れしくならない。表記篇はここまで、仁と義、言と行、情と貌など、内にあるものがどう外に表れるかを繰り返し説いてきた。その最後に、器や日取りという目に見える形式が、敬という目に見えない心を支えるという点を確かめて篇を閉じている。形式は心を離れれば空疎になるが、心もまた形式を通さなければ伝わらない。改まった席に着る服や、大切な客に出す器を選ぶといった、いまの暮らしにも残る小さな作法の意味を、改めて考えさせる段である。
この章句が説くこと
礼記表記敬祭器上下
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・敬は人を擇ばず、事を擇ばず、時を擇ばず或ひと敬の道を問ふ。曰く、「外面整齊嚴肅、内面齊莊中正なるは、是れ靜時涵養底の敬なり。書を讀めば則ち心讀む所に在り、事を治むれば則ち心治むる所に在るは、是れ主一無適底の敬なり。門を出づれば大賓を見るがごとく、民を使ふには大祭を承くるがごとくなるは、是れ隨事小心底の敬なり」と。或ひと曰く、「若し笑談歌詠、宴息造次の時ならば、恐らくは是くのごとくんば則ち矜持して泰然ならざらん」と。曰く、「敬は端嚴を以て體と為し、虛活を以て用と為し、正を離れざるを以て主と為す。齋日に衣冠して寢ぬるは、祭る所の者を夢寐すればなり。齋せざるの寢は、則ち衣を解き冕を脫ぐ。未だ衣冕を釋きて敬を持する者有らず。然り而して心邪僻に流れず、事道義に詭らざれば、則ち其の敬為るを害せず。君若し專ら端嚴の上に去きて敬を求めば、則ち鋤を荷ひ畚を負ひ、轡を執り車を御し、鄙事賤役、古の聖賢も皆之を為せり。豈に能く日日手容恭しく足容重からんや。又孔子の肱を曲げ掌を指し、及び居るに容らざる、點の沂に浴するがごときも、何ぞ其の敬為るを害せんや。大端心と正と依り、事と道と合へば、端嚴に拘拘たらずと雖も、其の敬為るを害せず。苟くも心千里に游び、意百欲を逐ひて、此の身は卻つて兀然として端嚴に此に在らば、這れは敬なりや否や。譬へば謹んで避け深く藏れ、燭を秉り珮を鳴らし、緩やかに步み輕く聲するは、女教の『内則』原と是くのごとし。貞信を養ふ所以なり。若し饁婦汲妻及び顛沛奔走の際に當たらば、自ら是れ迴避し得ず。然り而して貞信の守は深藏謹避する者と同じ。是れ何ぞ其の女教為るを害せんや。是の故に敬は人を擇ばず、敬は事を擇ばず、敬は時を擇ばず、敬は地を擇ばず。只だ個の心と正と依り、事と道と合ふを要するのみ」と。
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『呻吟語』内篇・修身・苟を反して敬と為す敬なる者は、苟せざるの謂ひなり。故に苟を反して敬と為す。
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尚書・太甲下惟れ天は親しむこと無く、克く敬する惟れ親しむ。民は常に懐くこと罔く、仁有るに懐く。
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