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礼記 / 祭統

凡賜爵,昭為一,穆為一。昭與昭齒,穆與穆齒,凡群有司皆以齒。此之謂長幼有序。 夫祭有畀煇、胞、翟、閽者,惠下之道也。唯有德之君為能行此。明足以見之,仁足以與之。畀之為言與也,能以其餘畀其下者也。煇者,甲吏之賤也;胞者,肉吏之賤者也;翟者,樂吏之賤者也;閽者,守門之賤者也。古者不使刑人守門,此四守者,吏之至賤者也。尸又至尊,以至尊既祭之末,而不忘至賤,而以其餘畀之。是故,明君在上,則竟內之民無凍餒者矣,此之謂上下之際。

新字:凡賜爵,昭為一,穆為一。昭与昭歯,穆与穆歯,凡群有司皆以歯。此之謂長幼有序。 夫祭有畀煇、胞、翟、閽者,恵下之道也。唯有徳之君為能行此。明足以見之,仁足以与之。畀之為言与也,能以其余畀其下者也。煇者,甲吏之賤也;胞者,肉吏之賤者也;翟者,楽吏之賤者也;閽者,守門之賤者也。古者不使刑人守門,此四守者,吏之至賤者也。尸又至尊,以至尊既祭之末,而不忘至賤,而以其余畀之。是故,明君在上,則竟内之民無凍餒者矣,此之謂上下之際。

書き下し

凡そ爵を賜うに、昭を一と為し、穆を一と為す。昭は昭と歯し、穆は穆と歯し、凡そ群有司は皆歯を以てす。此れをこれ長幼序有りと謂う。 夫れ祭に煇(うん)・胞(ほう)・翟(てき)・閽(こん)に畀(あた)うる者有り。下に恵むの道なり。唯だ徳有るの君のみ能く此れを行うと為す。明は以てこれを見るに足り、仁は以てこれに与うるに足る。畀の言たるや与うるなり。能くその余りを以てその下に畀うる者なり。煇は、甲吏の賤しきなり。胞は、肉吏の賤しき者なり。翟は、楽吏の賤しき者なり。閽は、守門の賤しき者なり。古者は刑人をして門を守らしめず。此の四守の者は、吏の至賤なる者なり。尸は又た至尊なり。至尊を以て既に祭るの末にして、至賤を忘れず、而してその余りを以てこれに畀う。是の故に、明君上に在れば、則ち竟内の民に凍餒する者無し。此れをこれ上下の際と謂う。

現代語訳

およそ祭りで酒を賜るときは、昭の列を一組とし、穆の列を一組とする。昭の列の者は昭の列の中で年齢の順に並び、穆の列の者は穆の列の中で年齢の順に並ぶ。諸々の役人もみな年齢の順に従う。これを長幼に序があるという。 そもそも祭りには、煇(うん、皮革を扱う下役)・胞(ほう、肉を扱う下役)・翟(てき、舞を教える下役)・閽(こん、門番)にお下がりを与えることがある。これは下の者に恵む道である。ただ徳ある君主だけがこれを行うことができる。その明察は彼らの存在に気づくに足り、その仁はこれに分け与えるに足る。畀(ひ)とは「与える」という意味で、自分の余りを下の者に与えることができるということである。煇は甲(よろい)を扱う役人のうち身分の低い者であり、胞は肉を扱う役人のうち身分の低い者であり、翟は楽を扱う役人のうち身分の低い者であり、閽は門を守る者のうち身分の低い者である。昔は刑を受けた者に門を守らせなかった。この四つの持ち場の者は、役人のなかで最も身分の低い者である。一方、尸は最も尊い者である。最も尊い者が祭りを終えたその末に、最も賤しい者を忘れず、その余りを与える。それゆえ明君が上にいれば、国内の民に凍え飢える者はいなくなる。これを上下の交わりという。

解説

十倫の第九「長幼の序」と第十「上下の際」を示し、十倫の説明を締めくくる段である。前半は酒を賜る場で、昭と穆の二つの列に分け、それぞれの列の中で年齢の順に受ける。孔穎達の疏は、この賜爵を献ではなく旅酬(りょしゅう、互いに酒を勧め合う段)のことと解している。後半が十倫の最後で、祭りの余りが、皮革・肉・舞・門番といった最も低い役目の者にまで与えられることを述べる。鄭玄は煇を周礼の韗(皮革をなめす官)、翟を羽舞を教える者と注し、刑人に門を守らせないのは夏・殷の時代のことだとする。周礼では刑を受けた者に門を守らせたからである。最も尊い尸の余りを最も賤しい者が受け取るという構図が、上下の隔たりをつなぐ「際」である。君主に、これを見るに足る明と、これに与うるに足る仁の両方が要るとする指摘は鋭い。低い立場の人を見落とさない目と、実際に分け与える心がそろって初めて、恵みは届くのである。

この章句が説くこと

礼記祭統長幼恵み上下

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