礼記 / 祭義
是故,朝廷同爵則尚齒。七十杖於朝,君問則席;八十不俟朝,君問則就之。而弟達乎朝廷矣。 行,肩而不並,不錯則隨。見老者,則車徒辟;斑白者不以其任行乎道路,而弟達乎道路矣。
新字:是故,朝廷同爵則尚歯。七十杖於朝,君問則席;八十不俟朝,君問則就之。而弟達乎朝廷矣。 行,肩而不並,不錯則随。見老者,則車徒辟;斑白者不以其任行乎道路,而弟達乎道路矣。
書き下し
是の故に、朝廷にては爵を同じくすれば則ち歯を尚ぶ。七十にして朝に杖つき、君問えば則ち席す。八十にして朝を俟たず、君問えば則ちこれに就く。而して弟(てい)朝廷に達す。 行くに、肩して並ばず、錯(たが)わざれば則ち随う。老者を見れば、則ち車徒辟(さ)く。斑白の者はその任を以て道路に行かず。而して弟道路に達す。
現代語訳
それゆえ、朝廷では爵位が同じであれば年長者を上とする。七十歳になれば朝廷で杖をつくことが許され、君が問いたいことがあれば席を設けて座らせる。八十歳になれば朝廷に出仕して君を待つには及ばず、君が問いたいことがあれば自らその家に出向く。こうして悌(年長者に従う心)が朝廷にまで行き渡る。 道を行くときは、年長者と肩を並べて歩かず、斜め後ろに下がるか、そうでなければ後ろについて行く。老人に会えば、車に乗った者も徒歩の者も道を譲る。白髪まじりの者は荷を背負って道を行くことはない(若い者が代わって持つからである)。こうして悌が道路にまで行き渡る。
解説
前段の尚歯を受けて、年長者を敬う心が朝廷と道路にどう行き渡るかを具体的に述べた段である。朝廷では、爵位が同じなら年長者を上とする。七十になれば杖をついて朝に出てよく、君が問うときは座らせる。八十になれば朝に出る必要もなく、君の方から出向く。君臣の上下よりも、年齢への敬いが優先される場面が制度として定められている。道路では、年長者と肩を並べず、少し下がって歩き、老人には車も徒歩の者も道を譲る。白髪まじりの人が重い荷を負って歩くことはない。周りの若い者が代わって持つからである。孟子梁恵王上篇でも、理想の治世の姿として「頒白の者、道路に負戴せず」と述べられている。一つ一つの規定は小さな作法だが、それが朝廷から道路まで貫かれることで、社会全体に悌の心が満ちる。電車で席を譲る、重い荷物を持つ高齢者に手を貸すといった、今の日常の小さな振る舞いの源流がここにある。
この章句が説くこと
礼記祭義敬老悌朝廷
関連する章句
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礼記・祭義郷に居るに歯を以てして、老窮遺てられず、強は弱を犯さず、衆は寡を暴せず、而して弟州巷(しゅうこう)に達す。 古の道は、五十にして甸徒(でんと)と為らず、禽を頒(わか)つに長者に隆(あつ)くして、而して弟獀狩(そうしゅ)に達す。 軍旅の什伍には、爵を同じくすれば則ち歯を尚びて、而して弟軍旅に達す。
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礼記・王制道路は、男子は右に由り、婦人は左に由り、車は中央に従う。父の歯(よわい)には随行し、兄の歯には鴈行(がんこう)し、朋友は相踰(こ)えず。軽き任(にない)は并(あわ)せ、重き任は分かち、班白(はんぱく)の者は提挈(ていけつ)せず。君子の耆老(きろう)は徒行せず、庶人の耆老は徒食せず。 大夫の祭器は仮(か)らず。祭器未だ成らざれば、燕器を造らず。
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礼記・曲礼上大夫は七十にして事を致す。若し謝するを得ざれば、則ち必ずこれに几杖(きじょう)を賜い、行役には婦人を以てす。四方に適(ゆ)くには、安車に乗る。自ら称して「老夫」と曰い、其の国に於いては則ち名を称す。国を越えてこれに問わば、必ずこれに告ぐるに其の制を以てす。 長者に謀るには、必ず几杖を操(と)りて以てこれに従う。長者問うに、辞譲せずして対(こた)うるは、礼に非ざるなり。
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礼記・王制凡そ老を養うに、有虞氏は燕礼を以てし、夏后氏は饗礼を以てし、殷人は食礼(しれい)を以てし、周人は脩めて兼ねてこれを用う。五十は郷に養い、六十は国に養い、七十は学に養う。諸侯に達す。 八十は君命を拝するに、一たび坐して再び至(いた)す。瞽(こ)も亦これの如くす。九十は人をして受けしむ。五十は粻(ちょう)を異にし、六十は肉を宿(たくわ)え、七十は膳を弐(そ)え、八十は珍を常にす。九十は飲食寝を離れず、膳飲は遊に従いて可なり。六十は歳ごとに制し、七十は時ごとに制し、八十は月ごとに制し、九十は日ごとに脩む。唯絞(こう)・紟(きん)・衾(きん)・冒(ぼう)は、死して后に制す。五十にして始めて衰え、六十は肉に非ざれば飽かず、七十は帛に非ざれば煖かならず、八十は人に非ざれば煖かならず、九十は人を得と雖も煖かならず。五十は家に杖つき、六十は郷に杖つき、七十は国に杖つき、八十は朝に杖つく。九十の者は、天子問うこと有らんと欲すれば、則ち其の室に就き、珍を以て従う。七十は朝を俟(ま)たず、八十は月ごとに存を告げ、九十は日ごとに秩有り。五十は力政に従わず、六十は服戎に与(あずか)らず、七十は賓客の事に与らず、八十は斉喪(さいそう)の事及ばず。五十にして爵し、六十は学に親しまず、七十は政を致す。唯衰麻(さいま)を喪と為す。
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