礼記 / 祭義
昔者,有虞氏貴德而尚齒,夏后氏貴爵而尚齒,殷人貴富而尚齒,周人貴親而尚齒。虞夏殷周,天下之盛王也,未有遺年者。年之貴乎天下,久矣,次乎事親也。
新字:昔者,有虞氏貴徳而尚歯,夏后氏貴爵而尚歯,殷人貴富而尚歯,周人貴親而尚歯。虞夏殷周,天下之盛王也,未有遺年者。年之貴乎天下,久矣,次乎事親也。
書き下し
昔者、有虞氏は徳を貴びて歯を尚び、夏后氏は爵を貴びて歯を尚び、殷人は富を貴びて歯を尚び、周人は親を貴びて歯を尚ぶ。虞・夏・殷・周は、天下の盛王なり。未だ年を遺るる者有らざるなり。年の天下に貴ばるるや、久し。親に事うるに次ぐなり。
現代語訳
昔、有虞氏(舜の時代)は徳を尊んだうえで年齢(歯)を重んじ、夏后氏は爵位を尊んだうえで年齢を重んじ、殷の人は富を尊んだうえで年齢を重んじ、周の人は親族の親しさを尊んだうえで年齢を重んじた。虞・夏・殷・周は、天下の盛んな王朝である。そのいずれも、年齢を重んじることを忘れたことはなかった。年齢が天下に尊ばれてきたのは、久しい昔からのことである。それは親に仕えることに次ぐほど大切なことなのである。
解説
ここから祭義篇は、年長者を尊ぶ「尚歯」の礼を述べる一連の段に入る。虞・夏・殷・周の四代は、それぞれ徳・爵・富・親と尊ぶものが違ったが、どの王朝も年齢を重んじることだけは変わらなかったという。王朝ごとに価値の軸が移り変わっても、年長者を敬う心は貫かれていたというのである。「年の天下に貴ばるるや、久し。親に事うるに次ぐなり」の一句は、年長者への敬いが、親への孝に次ぐ大切な徳であると位置づけている。前の段で曾子が孝を説いたのを受けて、孝から悌へ、家の中から社会へと話が広がってゆく。孟子公孫丑下篇にも、天下に尊ばれるものとして爵・歯・徳の三つが挙げられ、朝廷では爵、郷里では歯が尊ばれるとある。年齢を重ねた人を敬うことは、その人が積み重ねてきた経験と、自分より先を歩んだことへの敬意である。能力や成果が重視される今の職場でも、年長者の経験に耳を傾ける姿勢は、組織を豊かにする。
この章句が説くこと
礼記祭義尚歯敬老悌
関連する章句
-
礼記・祭義郷に居るに歯を以てして、老窮遺てられず、強は弱を犯さず、衆は寡を暴せず、而して弟州巷(しゅうこう)に達す。 古の道は、五十にして甸徒(でんと)と為らず、禽を頒(わか)つに長者に隆(あつ)くして、而して弟獀狩(そうしゅ)に達す。 軍旅の什伍には、爵を同じくすれば則ち歯を尚びて、而して弟軍旅に達す。
-
礼記・祭義天子四学を設け、学に入るに当たりては、大子(たいし)も歯(よわい)す。天子巡守(じゅんしゅ)すれば、諸侯竟(さかい)に待つ。天子先ず百年の者を見る。八十・九十の者東に行けば、西に行く者敢えて過ぎず。西に行けば、東に行く者敢えて過ぎず。政を言わんと欲する者は、君これに就きて可なり。 一命は郷里に歯し、再命は族に歯し、三命は歯せず。族に七十の者有れば、敢えて先んぜず。七十の者は、大故(たいこ)有らざれば朝に入らず。若し大故有りて入らば、君必ずこれと揖譲(ゆうじょう)して、而る後に爵ある者に及ぶ。
-
礼記・祭義是の故に、朝廷にては爵を同じくすれば則ち歯を尚ぶ。七十にして朝に杖つき、君問えば則ち席す。八十にして朝を俟たず、君問えば則ちこれに就く。而して弟(てい)朝廷に達す。 行くに、肩して並ばず、錯(たが)わざれば則ち随う。老者を見れば、則ち車徒辟(さ)く。斑白の者はその任を以て道路に行かず。而して弟道路に達す。
-
礼記・祭義先王の天下を治むる所以の者五あり。有徳を貴び、貴を貴び、老を貴び、長を敬い、幼を慈しむ。此の五者は、先王の天下を定むる所以なり。有徳を貴ぶは、何の為ぞや。その道に近きが為なり。貴を貴ぶは、その君に近きが為なり。老を貴ぶは、その親に近きが為なり。長を敬うは、その兄に近きが為なり。幼を慈しむは、その子に近きが為なり。是の故に、至孝は王に近く、至弟(してい)は霸に近し。至孝は王に近し、天子と雖も、必ず父有り。至弟は霸に近し、諸侯と雖も、必ず兄有り。先王の教えは、因りて改めず、天下国家を領する所以なり。
-
孔子家語・正論解哀公、孔子に問いて曰く、「二三の大夫皆寡人に勧めて高年を隆敬せしむ、何ぞや。」孔子対えて曰く、「君の此の言に及ぶや、将に天下実に之に頼らんとす、豈に唯だ魯のみならんや。」公曰く、「何ぞや。其の義聞くを得べきか。」孔子曰く、「昔者、有虞氏は徳を貴びて歯を尚び、夏后氏は爵を貴びて歯を尚び、殷人は富を貴びて歯を尚び、周人は親を貴びて歯を尚ぶ。虞夏殷周は、天下の盛王なり、未だ年を遺つる者有らざるなり。年は、天下に貴ばるること久し、親に事うるに次ぐ。是の故に朝廷は爵を同じくして歯を尚び、七十にして朝に杖き、君問えば則ち席す。八十なれば則ち朝に仕えず、君問えば則ち之に就く。而して悌朝廷に達す。其の行くや肩して並ばず、錯まざれば則ち随い、斑白の者は其の任を道路に以てせず、而して悌道路に達す。郷に居りて歯を以てし、老いて窮しき者匱しからず、強き者弱きを犯さず、衆き者寡きを暴せず、而して悌州巷に達す。古の道、五十は甸役を為さず、禽を頒つに長者を隆くし、而して悌搜狩に達す。軍旅什伍、爵を同じくすれば則ち歯を尚び、而して悌軍旅に達す。夫れ聖王の教え、孝悌諸を朝廷に発し、道路に行われ、州巷に至り、搜狩に放ち、軍旅に循い、則ち衆義を以て感じ、之に死すとも敢えて犯さず。」公曰く、「善いかな、寡人之を聞くと雖も、成す能わず。」
-
礼記・表記子曰く、虞夏の質、殷周の文は、至れり。虞夏の文は其の質に勝たず、殷周の質は其の文に勝たず。 子これを言いて曰く、後世作者有りと雖も、虞帝は及ぶべからざるのみ。天下に君として、生きては私無く、死しては其の子に厚くせず。民を子とすること父母の如く、憯怛(さんだつ)の愛有り、忠利の教有り。親しみて尊く、安くして敬し、威ありて愛し、富みて礼有り、恵みて能く散ず。其の君子は仁を尊び義を畏れ、費を恥じて実を軽んじ、忠にして犯さず、義にして順い、文にして静かに、寛にして辨有り。《甫刑》に曰く、「徳威は惟れ威、徳明は惟れ明」と。虞帝に非ずんば其れ孰か能く此を為さんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る