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孔子家語 / 正論解

哀公問於孔子曰:「二三大夫皆勸寡人使隆敬於高年,何也?」孔子對曰:「君之及此言,將天下實賴之,豈唯魯哉?」公曰:「何也?其義可得聞乎?」孔子曰:「昔者有虞氏貴德而尚齒,夏後氏貴爵而尚齒,殷人貴富而尚齒,周人貴親而尚齒。虞夏殷周,天下之盛王也,未有遺年者焉。年者,貴於天下久矣,次於事親。是故朝廷同爵而尚齒,七十杖於朝,君問則席。八十則不仕朝,君問則就之。而悌達乎朝廷矣。其行也肩而不並,不錯則隨,斑白者不以其任於道路,而悌達乎道路矣。居鄉以齒而老窮不匱,強不犯弱,眾不暴寡,而悌達乎州巷矣。古之道,五十不為甸役,頒禽隆之長者,而悌達乎搜狩矣。軍旅什伍,同爵則尚齒,而悌達乎軍旅矣。夫聖王之教,孝悌發諸朝廷,行於道路,至於州巷,放於搜狩,循於軍旅,則眾感以義,死之而弗敢犯。」公曰:「善哉,寡人雖聞之,弗能成。」

新字:哀公問於孔子曰:「二三大夫皆勧寡人使隆敬於高年,何也?」孔子対曰:「君之及此言,将天下実頼之,豈唯魯哉?」公曰:「何也?其義可得聞乎?」孔子曰:「昔者有虞氏貴徳而尚齒,夏後氏貴爵而尚齒,殷人貴富而尚齒,周人貴親而尚齒。虞夏殷周,天下之盛王也,未有遺年者焉。年者,貴於天下久矣,次於事親。是故朝廷同爵而尚齒,七十杖於朝,君問則席。八十則不仕朝,君問則就之。而悌達乎朝廷矣。其行也肩而不並,不錯則随,斑白者不以其任於道路,而悌達乎道路矣。居鄉以齒而老窮不匱,強不犯弱,眾不暴寡,而悌達乎州巷矣。古之道,五十不為甸役,頒禽隆之長者,而悌達乎捜狩矣。軍旅什伍,同爵則尚齒,而悌達乎軍旅矣。夫聖王之教,孝悌発諸朝廷,行於道路,至於州巷,放於捜狩,循於軍旅,則眾感以義,死之而弗敢犯。」公曰:「善哉,寡人雖聞之,弗能成。」

書き下し

哀公、孔子に問いて曰く、「二三の大夫皆寡人に勧めて高年を隆敬せしむ、何ぞや。」孔子対えて曰く、「君の此の言に及ぶや、将に天下実に之に頼らんとす、豈に唯だ魯のみならんや。」公曰く、「何ぞや。其の義聞くを得べきか。」孔子曰く、「昔者、有虞氏は徳を貴びて歯を尚び、夏后氏は爵を貴びて歯を尚び、殷人は富を貴びて歯を尚び、周人は親を貴びて歯を尚ぶ。虞夏殷周は、天下の盛王なり、未だ年を遺つる者有らざるなり。年は、天下に貴ばるること久し、親に事うるに次ぐ。是の故に朝廷は爵を同じくして歯を尚び、七十にして朝に杖き、君問えば則ち席す。八十なれば則ち朝に仕えず、君問えば則ち之に就く。而して悌朝廷に達す。其の行くや肩して並ばず、錯まざれば則ち随い、斑白の者は其の任を道路に以てせず、而して悌道路に達す。郷に居りて歯を以てし、老いて窮しき者匱しからず、強き者弱きを犯さず、衆き者寡きを暴せず、而して悌州巷に達す。古の道、五十は甸役を為さず、禽を頒つに長者を隆くし、而して悌搜狩に達す。軍旅什伍、爵を同じくすれば則ち歯を尚び、而して悌軍旅に達す。夫れ聖王の教え、孝悌諸を朝廷に発し、道路に行われ、州巷に至り、搜狩に放ち、軍旅に循い、則ち衆義を以て感じ、之に死すとも敢えて犯さず。」公曰く、「善いかな、寡人之を聞くと雖も、成す能わず。」

現代語訳

哀公が孔子に尋ねて言った、「幾人かの大夫たちが皆、私に高齢の方々をことのほか敬うよう勧めるのだが、それはなぜだろうか。」孔子は答えて言った、「殿がこのようなことをおっしゃるとは、天下が実にそれに頼ることになりましょう。魯国だけの問題ではありません。」哀公は言った、「それはなぜか。その道理を聞かせてもらえるか。」孔子は言った、「昔、有虞氏(舜)は徳を貴んで年長者を尊び、夏后氏は爵位を貴んで年長者を尊び、殷の人々は富を貴んで年長者を尊び、周の人々は血縁を貴んで年長者を尊びました。虞・夏・殷・周は天下の盛んな王朝でしたが、いずれも年長者を見捨てることはありませんでした。年齢というものは、天下で長く尊ばれてきたもので、親に仕えることに次ぐ重要さを持っています。それゆえ朝廷では同じ爵位であれば年齢を尊び、七十歳になれば朝廷で杖をついて歩くことを許され、君主が尋ねるときには席を用意しました。八十歳になれば朝廷での勤めを免除され、君主が用があれば自ら出向きました。こうして悌(年長者を敬う心)が朝廷にまで行き渡ったのです。道を行くときには肩を並べず、順序を乱さなければそれに従い、白髪まじりの老人には道での重い荷を負わせず、こうして悌は道路にまで行き渡りました。郷里では年齢によって序列を定め、年老いて困窮する者にも不自由がないようにし、強い者が弱い者を侵さず、多数が少数を虐げないようにし、こうして悌は村里にまで行き渡りました。昔の道では、五十歳になれば狩猟の徴用を免除され、獲物を分配するときには年長者を優遇し、こうして悌は狩猟にまで行き渡りました。軍隊の編成でも、同じ位であれば年齢を尊び、こうして悌は軍隊にまで行き渡りました。そもそも聖王の教えというものは、孝悌の心を朝廷から発し、道路に行われ、村里にまで至り、狩猟にも及び、軍隊にも行き渡らせるものです。そうすれば人々は道義に感化され、命を懸けてもあえてこれを犯そうとはしないのです。」哀公は言った、「よいことだ。私はこれを聞いたけれども、実行することができないでいる。」

解説

本章は、哀公が大夫たちから高齢者を敬うよう勧められた理由を孔子に尋ね、孔子が敬老(尚歯)の思想を体系的に説いた長編の問答です。孔子は、虞・夏・殷・周のいずれの時代も、それぞれ異なる価値(徳・爵・富・親)を尊びながらも共通して年長者を尊重してきたと述べ、この「悌」の精神が朝廷の礼制から道路での振る舞い、郷里の秩序、狩猟の作法、軍隊の序列に至るまで、社会のあらゆる場面に浸透することで、人々が道義に感化され社会秩序が保たれると説きます。単なる老人への配慮にとどまらず、敬老の精神を社会制度全体に組み込むことで秩序の基盤とするという壮大な構想です。哀公が「聞いても実行できない」と率直に認める結末は、理念と実践の間の隔たりという普遍的な課題を示しており、現代社会における高齢者福祉や世代間の敬意のあり方を考える上でも示唆に富んでいます。

この章句が説くこと

哀公尚歯敬老礼制

この一句を、あなたの毎日に。

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