礼記 / 祭義
「君子反古復始,不忘其所由生也。是以致其敬,發其情,竭力從事,以報其親,不敢弗盡也。是故,昔者天子為藉千畝,冕而朱紘,躬秉耒;諸侯為藉百畝,冕而青紘,躬秉耒。以事天地、山川、社稷、先古,以為醴酪齊盛,於是乎取之,敬之至也。
新字:「君子反古復始,不忘其所由生也。是以致其敬,発其情,竭力従事,以報其親,不敢弗尽也。是故,昔者天子為藉千畝,冕而朱紘,躬秉耒;諸侯為藉百畝,冕而青紘,躬秉耒。以事天地、山川、社稷、先古,以為醴酪斉盛,於是乎取之,敬之至也。
書き下し
「君子は古に反り始めに復り、その由りて生ずる所を忘れざるなり。是を以てその敬を致し、その情を発し、力を竭(つ)くして事に従い、以てその親に報い、敢えて尽くさざること弗(な)し。是の故に、昔者(むかし)天子は藉(せき)千畝を為(おさ)め、冕して朱紘(しゅこう)し、躬(みずか)ら耒(らい)を秉(と)る。諸侯は藉百畝を為め、冕して青紘し、躬ら耒を秉る。以て天地・山川・社稷・先古に事え、以て醴酪斉盛(れいらくしせい)を為り、是に於いてかこれを取る。敬の至りなり。
現代語訳
(孔子の答えの続き)「君子は古に立ち返り始まりに戻って、自分がどこから生まれてきたかを忘れない。だからこそ敬いを尽くし、まごころを表し、力の限り事に努めて、親に報い、あえて尽くさないということがない。それゆえ昔、天子は千畝の藉田(せきでん、祭りの供物を作るための田)を耕し、冠をかぶって朱の紐(紘)を結び、自ら耒(すき)を手に取った。諸侯は百畝の藉田を耕し、冠をかぶって青の紐を結び、自ら耒を手に取った。そうして天地・山川・社稷(土地と穀物の神)・祖先に仕え、甘酒や乳酒、器に盛る穀物を作るのに、この田から取ったのである。敬いの極みである。
解説
祭祀の供物を、天子や諸侯が自ら耕す藉田から取ったことを述べる段である。天子は千畝、諸侯は百畝の田を持ち、正装の冠をかぶって自ら耒を取る。もちろん実際の耕作を一人で担ったわけではなく、儀礼として最初の鍬を入れるのであるが、その意味は重い。天地や祖先に捧げるものを、他人任せにせず、自分の手を通して作るということである。この段は前段の「古に反り始めに復る」を受け、親に報いるために力を尽くすことの具体的な形として藉田を挙げている。月令篇にも、孟春に天子が三公九卿を率いて自ら藉田を耕す記事がある。日本の皇室で天皇が田植えや稲刈りを行い、新嘗祭で新穀を供える習わしとも響き合う。敬いとは、ただ頭を下げることではなく、手間を惜しまないことである。大切な人への贈り物を手作りしたくなる気持ちや、自分で作った料理を仏壇に供える習慣にも、同じ心が息づいている。
この章句が説くこと
礼記祭義藉田敬報恩
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・敬は人を擇ばず、事を擇ばず、時を擇ばず或ひと敬の道を問ふ。曰く、「外面整齊嚴肅、内面齊莊中正なるは、是れ靜時涵養底の敬なり。書を讀めば則ち心讀む所に在り、事を治むれば則ち心治むる所に在るは、是れ主一無適底の敬なり。門を出づれば大賓を見るがごとく、民を使ふには大祭を承くるがごとくなるは、是れ隨事小心底の敬なり」と。或ひと曰く、「若し笑談歌詠、宴息造次の時ならば、恐らくは是くのごとくんば則ち矜持して泰然ならざらん」と。曰く、「敬は端嚴を以て體と為し、虛活を以て用と為し、正を離れざるを以て主と為す。齋日に衣冠して寢ぬるは、祭る所の者を夢寐すればなり。齋せざるの寢は、則ち衣を解き冕を脫ぐ。未だ衣冕を釋きて敬を持する者有らず。然り而して心邪僻に流れず、事道義に詭らざれば、則ち其の敬為るを害せず。君若し專ら端嚴の上に去きて敬を求めば、則ち鋤を荷ひ畚を負ひ、轡を執り車を御し、鄙事賤役、古の聖賢も皆之を為せり。豈に能く日日手容恭しく足容重からんや。又孔子の肱を曲げ掌を指し、及び居るに容らざる、點の沂に浴するがごときも、何ぞ其の敬為るを害せんや。大端心と正と依り、事と道と合へば、端嚴に拘拘たらずと雖も、其の敬為るを害せず。苟くも心千里に游び、意百欲を逐ひて、此の身は卻つて兀然として端嚴に此に在らば、這れは敬なりや否や。譬へば謹んで避け深く藏れ、燭を秉り珮を鳴らし、緩やかに步み輕く聲するは、女教の『内則』原と是くのごとし。貞信を養ふ所以なり。若し饁婦汲妻及び顛沛奔走の際に當たらば、自ら是れ迴避し得ず。然り而して貞信の守は深藏謹避する者と同じ。是れ何ぞ其の女教為るを害せんや。是の故に敬は人を擇ばず、敬は事を擇ばず、敬は時を擇ばず、敬は地を擇ばず。只だ個の心と正と依り、事と道と合ふを要するのみ」と。
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『呻吟語』内篇・修身・苟を反して敬と為す敬なる者は、苟せざるの謂ひなり。故に苟を反して敬と為す。
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