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礼記 / 祭法

王下祭殤五:適子適孫適曾孫適玄孫適來孫。諸侯下祭三,大夫下祭二,適士及庶人,祭子而止。 夫聖王之制祭祀也:法施於民,則祀之;以死勤事,則祀之;以勞定國,則祀之;能禦大菑,則祀之;能捍大患,則祀之。是故,厲山氏之有天下也,其子曰農,能殖百穀;夏之衰也,周棄繼之,故祀以為稷。共工氏之霸九州也,其子曰后土,能平九州,故祀以為社。帝嚳能序星辰以著眾,堯能賞均刑法以義終,舜勤眾事而野死。鯀鄣鴻水而殛死,禹能修鯀之功。黃帝正名百物,以明民共財,顓頊能修之。契為司徒而民成,冥勤其官而水死。湯以寬治民而除其虐,文王以文治,武王以武功去民之災。此皆有功烈於民者也。及夫日月星辰,民所瞻仰也,山林、川谷、丘陵,民所取材用也。非此族也,不在祀典。

新字:王下祭殤五:適子適孫適曽孫適玄孫適来孫。諸侯下祭三,大夫下祭二,適士及庶人,祭子而止。 夫聖王之制祭祀也:法施於民,則祀之;以死勤事,則祀之;以労定国,則祀之;能禦大菑,則祀之;能捍大患,則祀之。是故,厲山氏之有天下也,其子曰農,能殖百穀;夏之衰也,周棄継之,故祀以為稷。共工氏之覇九州也,其子曰后土,能平九州,故祀以為社。帝嚳能序星辰以著衆,堯能賞均刑法以義終,舜勤衆事而野死。鯀鄣鴻水而殛死,禹能修鯀之功。黄帝正名百物,以明民共財,顓頊能修之。契為司徒而民成,冥勤其官而水死。湯以寛治民而除其虐,文王以文治,武王以武功去民之災。此皆有功烈於民者也。及夫日月星辰,民所瞻仰也,山林、川谷、丘陵,民所取材用也。非此族也,不在祀典。

書き下し

王は殤(しょう)を下祭すること五、適子・適孫・適曾孫・適玄孫・適来孫なり。諸侯は下祭すること三、大夫は下祭すること二、適士及び庶人は、子を祭りて止む。 夫(そ)れ聖王の祭祀を制するや、法、民に施せば、則ちこれを祀る。死を以て事に勤むれば、則ちこれを祀る。労を以て国を定むれば、則ちこれを祀る。能く大菑(たいさい)を禦げば、則ちこれを祀る。能く大患を捍(ふせ)げば、則ちこれを祀る。是の故に、厲山氏の天下を有つや、その子を農と曰い、能く百穀を殖(う)う。夏の衰うるや、周の棄これを継ぐ。故に祀りて以て稷と為す。共工氏の九州に霸たるや、その子を后土と曰い、能く九州を平らぐ。故に祀りて以て社と為す。帝嚳は能く星辰を序して以て衆に著し、堯は能く賞して刑法を均しくして義を以て終え、舜は衆事に勤めて野に死す。鯀は鴻水を鄣(ふさ)ぎて殛(きょく)死し、禹は能く鯀の功を修む。黄帝は百物を正名して、以て民に明らかにして財を共にし、顓頊は能くこれを修む。契は司徒と為りて民成り、冥はその官に勤めて水に死す。湯は寛を以て民を治めてその虐を除き、文王は文を以て治め、武王は武功を以て民の災いを去る。此れ皆民に功烈有る者なり。夫の日月星辰に及びては、民の瞻仰する所なり。山林・川谷・丘陵は、民の材用を取る所なり。此の族に非ざれば、祀典に在らず。

現代語訳

王は、成人せずに亡くなった子孫(殤)を、嫡子・嫡孫・嫡曾孫・嫡玄孫・嫡来孫の五代まで下って祭る。諸侯は三代まで、大夫は二代まで下って祭り、適士と庶人は子までを祭って止める。 そもそも聖王が祭祀を定めたのは、次のような者を祀るためである。人々のために法を施した者を祀る。死をもって職務に尽くした者を祀る。苦労して国を安定させた者を祀る。大きな災害を防いだ者を祀る。大きな禍を退けた者を祀る。それゆえ、厲山氏(神農氏)が天下を治めたとき、その子の農はよく百穀を植えた。夏が衰えると、周の棄(后稷)がその事業を継いだ。そこで彼らを祀って穀物の神の稷とした。共工氏が九州に覇を唱えたとき、その子の后土はよく九州の土地を治めた。そこで祀って土地の神の社とした。帝嚳はよく星の運行を定めて人々に明らかにし、堯はよく賞罰を公平にして正しく生涯を終え、舜は人々のための仕事に励んで野で亡くなった。鯀は洪水をせき止めようとして失敗し誅されて死に、禹はよく鯀の事業を完成させた。黄帝はあらゆるものに正しく名をつけて、人々にわきまえさせ財を共に用いさせ、顓頊はよくそれを受け継いで整えた。契は司徒(教化をつかさどる官)となって民を教え成し、冥は治水の官の務めに励んで水中で死んだ。湯は寛大な政治で民を治めて桀の暴虐を除き、文王は文徳で治め、武王は武功によって民の災いを取り除いた。これらはみな民のために功績のあった者である。また日・月・星辰は民が仰ぎ見るものであり、山林・川谷・丘陵は民が材木や資源を取るところである。この類でないものは、祭祀の典籍に載せない。

解説

祭法篇の結びで、誰を祀るべきかの基準を示した名高い段である。前半は、夭折した子孫を何代まで祭るかという身分の規定だが、後半で一転して、祀られるべき者の条件が五つ挙げられる。民に法を施した者、死をもって職に尽くした者、苦労して国を安定させた者、大災害を防いだ者、大きな禍を退けた者である。そのうえで稷と社の由来、帝嚳・堯・舜・禹・黄帝・契・湯・文王・武王らの功業が列挙される。注目すべきは、洪水を治められずに誅された鯀も、禹と並んで名が挙げられている点である。成し遂げられなかった者の努力も、民のための働きとして記憶されている。そして結びの「此の族に非ざれば、祀典に在らず」は、功のない者をむやみに祭ってはならないという戒めである。論語で孔子が「その鬼に非ずしてこれを祭るは諂(へつら)いなり」と述べたこととも響き合う。人が敬われる理由を、血筋や権勢ではなく、人々のために何をしたかに置くこの段の考えは、今の顕彰や記念のあり方にも問いを投げかける。

この章句が説くこと

礼記祭法功績聖王顕彰

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