囲炉夜話 / 第百九十七則・及ぶ可からざるの志
有不可及之志,必有不可及之功。有不忍言之心,必有不忍言之禍。
書き下し
及ぶ可からざるの志有らば、必ず及ぶ可からざるの功有り。言ふに忍びざるの心有らば、必ず言ふに忍びざるの禍有り。
現代語訳
人の及ばないほどの志を持てば、必ず人の及ばないほどの功績があります。口にするのもはばかられるような心を持てば、必ず口にするのもはばかられるような災いがあります。
解説
心の持ち方がそのまま結果の大きさになる、という対句です。上の句は、誰も及ばないほど高い志を抱けば、それに見合う誰も及ばない功績が生まれると言います。志が小さければ、成し遂げることも小さくなるという励ましです。下の句は裏返しで、口に出すのもはばかられるようなひどい心を抱けば、同じように口に出すのもはばかられる災いを招くと言います。不忍言とは、言うに忍びない、あまりにひどくて語れないという意味です。善い方向にも悪い方向にも、心の大きさと結果の大きさは釣り合うという見方です。
この章句が説くこと
志功績禍福因果修身
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論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
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