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礼記 / 祭法

王為群姓立社,曰大社。王自為立社,曰王社。諸侯為百姓立社,曰國社。諸侯自為立社,曰侯社。大夫以下,成群立社曰置社。 王為群姓立七祀,曰司命,曰中霤,曰國門,曰國行,曰泰厲,曰戶,曰灶。王自為立七祀。諸侯為國立五祀,曰司命,曰中霤,曰國門,曰國行,曰公厲。諸侯自為立五祀。大夫立三祀,曰族厲,曰門,曰行。適士立二祀,曰門,曰行。庶士,庶人,立一祀,或立戶或立灶。

新字:王為群姓立社,曰大社。王自為立社,曰王社。諸侯為百姓立社,曰国社。諸侯自為立社,曰侯社。大夫以下,成群立社曰置社。 王為群姓立七祀,曰司命,曰中霤,曰国門,曰国行,曰泰厲,曰戸,曰灶。王自為立七祀。諸侯為国立五祀,曰司命,曰中霤,曰国門,曰国行,曰公厲。諸侯自為立五祀。大夫立三祀,曰族厲,曰門,曰行。適士立二祀,曰門,曰行。庶士,庶人,立一祀,或立戸或立灶。

書き下し

王、群姓の為に社を立つるを、大社と曰う。王、自ら為に社を立つるを、王社と曰う。諸侯、百姓の為に社を立つるを、国社と曰う。諸侯、自ら為に社を立つるを、侯社と曰う。大夫以下、群を成して社を立つるを置社と曰う。 王、群姓の為に七祀を立つ。司命と曰い、中霤(ちゅうりゅう)と曰い、国門と曰い、国行と曰い、泰厲(たいれい)と曰い、戸と曰い、竈(そう)と曰う。王自ら為に七祀を立つ。諸侯、国の為に五祀を立つ。司命と曰い、中霤と曰い、国門と曰い、国行と曰い、公厲と曰う。諸侯自ら為に五祀を立つ。大夫は三祀を立つ。族厲と曰い、門と曰い、行と曰う。適士は二祀を立つ。門と曰い、行と曰う。庶士・庶人は一祀を立て、或いは戸を立て或いは竈を立つ。

現代語訳

王が天下の民のために立てる土地の神の社(やしろ)を大社という。王が自分のために立てる社を王社という。諸侯が国の民のために立てる社を国社という。諸侯が自分のために立てる社を侯社という。大夫以下は、人々がまとまって社を立て、これを置社という。 王は天下の民のために七つの祀りを立てる。司命(寿命をつかさどる神)、中霤(家の中央の神)、国門(都の門の神)、国行(道路の神)、泰厲(祀る者のない古の帝王の霊)、戸(戸口の神)、竈(かまどの神)である。王は自分のためにも七祀を立てる。諸侯は国のために五つの祀りを立てる。司命、中霤、国門、国行、公厲(祀る者のない古の諸侯の霊)である。諸侯は自分のためにも五祀を立てる。大夫は三つの祀りを立てる。族厲(祀る者のない古の大夫の霊)、門、行(道の神)である。適士は二つの祀りを立てる。門と行である。庶士と庶人は一つの祀りを立て、戸の神か竈の神のどちらかを祀る。

解説

土地の神を祭る社と、暮らしに身近な小さな神々を祭る「祀」の数を、身分ごとに定めた段である。社には、王や諸侯が民のために立てるものと、自分のために立てるものとが区別されている。上に立つ者の祭りが、まず民のためのものであることを名で示しているのである。大夫以下は個別に社を立てず、人々がまとまって立てる。後半の七祀・五祀・三祀には、司命や中霤、門、道、戸、竈といった神々が並ぶ。家の出入り口や道、かまどといった暮らしの要所に神を見いだす感覚は、日本の竈神や屋敷神の信仰にも通じる。注目すべきは泰厲・公厲・族厲で、これは後を継ぐ者がなく祭られない霊を祭るものとされる。祀られない霊が祟りをなすことを恐れる心と、見捨てられた者を放っておかない心とが重なっている。庶人の祭りが戸か竈の一つだけというのは質素だが、暮らしの中心に感謝を向ける最小の形でもある。身近な場所に手を合わせる習慣は、今も台所や玄関に残っている。

この章句が説くこと

礼記祭法社七祀竈

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