礼記 / 雑記下
大功之末,可以冠子,可以嫁子。父,小功之末,可以冠子,可以嫁子,可以取婦。己雖小功,既卒哭,可以冠,取妻;下殤之小功,則不可。 凡弁絰,其衰侈袂。 父有服,宮中子不與於樂。母有服,聲聞焉不舉樂。妻有服,不舉樂於其側。大功將至,辟琴瑟。小功至,不絕樂。
新字:大功之末,可以冠子,可以嫁子。父,小功之末,可以冠子,可以嫁子,可以取婦。己雖小功,既卒哭,可以冠,取妻;下殤之小功,則不可。 凡弁絰,其衰侈袂。 父有服,宮中子不与於楽。母有服,声聞焉不舉楽。妻有服,不舉楽於其側。大功将至,辟琴瑟。小功至,不絶楽。
書き下し
大功の末には、以て子に冠すべく、以て子を嫁すべし。父は、小功の末には、以て子に冠すべく、以て子を嫁すべく、以て婦を取るべし。己は小功と雖も、既に卒哭すれば、以て冠し、妻を取るべし。下殤の小功は、則ち不可なり。 凡そ弁絰(べんてつ)は、その衰は袂を侈(おお)いにす。 父服有れば、宮中の子は楽に与らず。母服有れば、声聞こゆれども楽を挙げず。妻服有れば、楽をその側に挙げず。大功将に至らんとすれば、琴瑟を辟(さ)く。小功至るも、楽を絶たず。
現代語訳
大功の喪の終わりごろであれば、子に冠礼をさせ、娘を嫁がせてもよい。父が小功の喪の終わりごろであれば、子に冠礼をさせ、娘を嫁がせ、息子に嫁を迎えてもよい。自分が小功の喪にあっても、卒哭の祭が済んでいれば、自分の冠礼をし、妻を迎えてよい。ただし下殤(八歳から十一歳で亡くなった者)のための小功の喪であれば、それはできない。 およそ弔問のための弁絰を着けるときの喪服は、袖を大きく作る。 父が喪に服していれば、同じ家に住む子は音楽の場に加わらない。母が喪に服していれば、音楽の音が聞こえても、自分から奏でることはしない。妻が喪に服していれば、妻のそばで音楽を奏でない。大功の喪にある者が訪ねて来ようとするときは、琴瑟(きんしつ)を片づける。小功の喪にある者が来ても、音楽をやめることはしない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・アルカディアの音楽却つて是れ、噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビオスの伝ふる所によれば、往古アルカディアに於ては、其厳慄なる風土の、峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は、彼の荒涼なるアルカディア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、ひとへに此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは、わずかに其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るままを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、咎無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。
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論語・八佾篇子、魯の太師に楽を語りて曰く、『楽は其れ知る可し。始め作せば翕(きゅう)の如く、之れに従えば純の如く、繹(えき)の如くして以て成る。』
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