論語 / 八佾篇
子語魯太師樂曰:『樂其可知也。始作、翕如也;從之、純如也、繹如也;以成。』
新字:子語魯太師楽曰:『楽其可知也。始作、翕如也;従之、純如也、繹如也;以成。』
書き下し
子、魯の太師に楽を語りて曰く、『楽は其れ知る可し。始め作せば翕(きゅう)の如く、之れに従えば純の如く、繹(えき)の如くして以て成る。』
現代語訳
孔子は魯の楽官と音楽について語り、「音楽というものは理解できるものだ。始まりはまとまりがあり、進むにつれて純粋で、流れが続いて最後に完成するものだ」と言った。
解説
孔子は魯の楽官に音楽について語り、「音楽というものは、その仕組みを知ることができる。始まりはいくつもの音が一つにまとまり、進むにつれて澄んだ調べとなり、糸を紡ぐように途切れず続いて、最後に見事にまとまる」と言いました。物事には、始まり・展開・締めくくりという流れがあり、その流れを整えることで初めて全体がまとまりのあるものになるという教えです。これは会議や催し物、日々の家事の段取りにも通じます。始まりで目的をはっきりさせ、途中では筋を通して進め、最後をきちんと締めくくる。この三つの流れを意識するだけで、物事の出来映えは大きく変わります。始まりが曖昧なままだったり、終わり方が中途半端だったりすると、せっかくの努力もまとまりを欠いてしまいます。
この章句が説くこと
音楽調和リズム運営
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