十善法語 / 巻第四・不妄語戒
左傳ニ。八音ヲ節ニシテ八風ヲ行フトアリ。書經ニ。夔カ石ヲ拊擊スレハ。百獸率ヰ舞トアル。毗奈耶雜事ニ。緊那羅女ヨリ傳ヘシ箜篌ノ第一絃ヲ奏スルトキ。船舶破碎シ。商人悉ク漂沒ストアル。又史記ニ。晉ノ平公音ヲ好ム。師曠カ黃帝合鬼神ノ樂ヲ奏ス。晉ノ國三年旱スト有ル。殷ノ紂王カ靡靡ノ樂ヲ作ル。是ニ由テ國ヲ亡スト云コトシヤ。此等ヲモ虛言トハカリ云レヌシヤ。近代書生ノ類カ大言ヲ好テ古人ヲ排シ。此般ノ事ヲ疑フハ。古ヲ信スルコトノナキト云ヘシ。孔子モ信シテ古ヲ好ムトアル。古ヲハ信スヘキコトシヤ。
新字:左伝ニ。八音ヲ節ニシテ八風ヲ行フトアリ。書経ニ。夔カ石ヲ拊撃スレハ。百獣率ヰ舞トアル。毗奈耶雑事ニ。緊那羅女ヨリ伝ヘシ箜篌ノ第一絃ヲ奏スルトキ。船舶破砕シ。商人悉ク漂没ストアル。又史記ニ。晋ノ平公音ヲ好ム。師曠カ黄帝合鬼神ノ楽ヲ奏ス。晋ノ国三年旱スト有ル。殷ノ紂王カ靡靡ノ楽ヲ作ル。是ニ由テ国ヲ亡スト云コトシヤ。此等ヲモ虚言トハカリ云レヌシヤ。近代書生ノ類カ大言ヲ好テ古人ヲ排シ。此般ノ事ヲ疑フハ。古ヲ信スルコトノナキト云ヘシ。孔子モ信シテ古ヲ好ムトアル。古ヲハ信スヘキコトシヤ。
書き下し
左伝ニ。八音ヲ節ニシテ八風ヲ行フトアリ。書経ニ。夔カ石ヲ拊擊スレハ。百獣率ヰ舞トアル。毗奈耶雑事ニ。緊那羅女ヨリ伝ヘシ箜篌ノ第一絃ヲ奏スルトキ。船舶破砕シ。商人悉ク漂没ストアル。又史記ニ。晋ノ平公音ヲ好ム。師曠カ黄帝合鬼神ノ楽ヲ奏ス。晋ノ国三年旱スト有ル。殷ノ紂王カ靡靡ノ楽ヲ作ル。是ニ由テ国ヲ亡スト云コトシヤ。此等ヲモ虚言トハカリ云レヌシヤ。近代書生ノ類カ大言ヲ好テ古人ヲ排シ。此般ノ事ヲ疑フハ。古ヲ信スルコトノナキト云ヘシ。孔子モ信シテ古ヲ好ムトアル。古ヲハ信スヘキコトシヤ。
現代語訳
左伝に、八音(八種の楽器の音)を節度正しくして八風(八方の風)を行き渡らせる、とある。書経に、夔が石(石の楽器)を打てば、百獣が連れ立って舞う、とある。毘奈耶雑事に、緊那羅女から伝えた箜篌(竪琴)の第一絃を奏でた時、船がことごとく砕け、商人がみな漂い沈んだ、とある。また史記に、晋の平公は音楽を好み、師曠が黄帝が鬼神を集めた時の楽を奏でた。晋の国は三年旱魃になった、とある。殷の紂王が退廃的な音楽を作り、これによって国を滅ぼしたということである。これらもただ虚言とばかりは言えないのである。近頃の書生の類が大言を好んで古人を排斥し、このようなことを疑うのは、古を信じることがないと言うべきである。孔子も、信じて古を好む、と言われた。古は信じるべきことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』三辯程繁、子墨子に問いて曰く、「『聖王は樂を為さず』と。昔、諸侯は聴治に倦めば、鍾鼔の樂に息い、士大夫は聴治に倦めば、竽瑟の樂に息い、農夫は春に耕し夏に耘り、秋に斂め冬に蔵むれば、聆缶の樂に息う。今、夫子は『聖王は樂を為さず』と曰う。此れ之を譬うるに猶お馬駕して稅かず、弓張りて弛めざるがごとし。乃ち血氣有る者の至る能わざる所に非ざる無からんや」と。子墨子曰く、「昔者、堯舜に《第期》なる者有り、且つ以て禮と為し、且つ以て樂と為す。湯、桀を大水に放ち、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。自ら樂を作り、命じて《九招》と曰う。武王、殷に勝ち紂を殺し、天下を環りて自ら立ちて以て王と為り、事成り功立ちて、大いなる後患無し。先王の樂に因り、又た自ら樂を作り、命じて《象》と曰う。周の成王は先王の樂に因り、命じて《騶虞》と曰う。周の成王の天下を治むるや、武王に若かず。武王の天下を治むるや、成湯に若かず。成湯の天下を治むるや、堯舜に若かず。故に其の樂の逾いよ繁き者は、其の治、逾いよ寡し。此れより之を觀れば、樂は天下を治むる所以に非ざるなり」と。
-
『十善法語』巻第五・不綺語戒如上且ツ糸竹管絃ヲ以テ誠ノ楽ニ比対シテ。其及フ所其及フ所ナラヌト云。元来道ニ高下ナシ。法ハ麁細ヲ絶スルナレハ。此糸竹管絃ヲ棄ヨト云デハナイ。是糸竹管絃モ古ノ聖賢ノ道ヲ寓スル器シヤ。黄帝ノ伶倫ニ命シテ六律六呂ヲ定メシト云。虚誕ニテモアルマシキソ。密教ノ中ニ。嬉鬘歌舞ノ菩薩アル。皆盧舎那ノ妙智印ト云。其跡ヨリ云ハ。総シテ聖賢ヲ除テ外ハ。皆気質ニ偏ナル所アルト云コトシヤ。此偏ヲ解クハ。楽ヲ第一トス。此形アレハ此声アル。此声アレハ此感アル。声韻ノ物ヲ感スルハ。至テ親シキモノシヤ。古ニ雅頌ノ音理リテ民正シク。噪□ノ声興テ士奮ヒ。鄭衛ノ曲動テ心淫ストアル。五声ヲ調テ過不及ノ気質ヲ等クス。宗廟朝廷ノ威儀進退ヲ称ハシメ。上下ノ情ヲ和スル。擴メテ云ハハ。此楽ニ由テ政治ヲ輔佐シ。陰陽五行ヲ調和スルモ。アルベキ理ゾ。孔子モ韶ヲ聞テ三月肉ノ味ヲ知ラストアル。仏法ノ中ニモ。馬鳴菩薩ガ和羅伎ヲ制ス。世人此声韻ニ感シテ苦空無我ヲ覚リ。無漏道ノ因縁ニ成シトアル。此等ニ由テ見レハ。舞楽声韻ノ中ニ。聖賢ノ地位ニモ至ルベキシヤ。
-
論語・八佾篇子、魯の太師に楽を語りて曰く、『楽は其れ知る可し。始め作せば翕(きゅう)の如く、之れに従えば純の如く、繹(えき)の如くして以て成る。』
-
論語・泰伯篇子曰く、師摯の始め、関雎の乱、洋洋乎として耳に盈つるかな。
-
『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・アルカディアの音楽却つて是れ、噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビオスの伝ふる所によれば、往古アルカディアに於ては、其厳慄なる風土の、峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は、彼の荒涼なるアルカディア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、ひとへに此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは、わずかに其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るままを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、咎無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。
-
『十善法語』巻第五・不綺語戒又晋ノ劉現ガ晋陽ニ在テ胡騎ニ囲レシトキ。月夜ニ城楼ノ上ニ登テ嘯ク。胡人ガ聞テミナ凄凄トシテ嘆ス。中夜ニ至テ胡笳ヲ奏ス。胡人カ聞テ皆涙ヲ流シテ郷国ノ懐ヲ起シ。終ニ囲ヲ解キ去シトアル。此ニ由テ見レハ。声韻ヲ以テ敵ヲ退ケ国ヲ全スルモ。アルヘキ理シヤ。楽師伶人ニテ云ハハ。此声韻ニ由テ道ニ入ヘシ。未タ道ニ至ラストモ。心ヲ専一ニ用ヒハ。天ヨリ分付スルトコロノ実ノ楽ヲ得ヘシ。狂言綺語トハ違フシヤ。