論語 / 泰伯篇
子曰:「師摯之始,關雎之亂,洋洋乎,盈耳哉!」
新字:子曰:「師摯之始,関雎之乱,洋洋乎,盈耳哉!」
書き下し
子曰く、師摯の始め、関雎の乱、洋洋乎として耳に盈つるかな。
現代語訳
先生がおっしゃった。「楽長の摯が奏で始める序から、関雎の終曲に至るまで、豊かに広がって耳いっぱいに満ちることよ。」
解説
音楽の演奏を、始まりから終わりまで一続きの体験として讃えた章である。序と終曲だけを挙げているのが巧い。始まりと終わりが決まっている演奏は、その間もおのずと整う。仕事の設計としても示唆がある。会議でも事業でも、途中の工程は熱心に議論されるのに、どう始めてどう終えるかは曖昧なままのことが多い。始まりが曖昧だと参加者の構えが揃わず、終わりが曖昧だと成果が確定しない。洋洋乎として耳に満ちる、という充実は、全体の輪郭がはっきりしているからこそ生まれる。もう一つ、孔子が音楽を実感として語っていることにも注目したい。理屈で評価せず、耳に満ちたと言う。良いものを良いと感じる感覚を保っていることが、判断力の土台になっている。