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武士道 / 第五章 仁・愛不忍の心・アルカディアの音楽

却つて是れ噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビアスの傳ふる所によれば、徃古アルカヂアに於ては、其嚴慄なる風土の峻峭なる性情を賦與するを融和せんが爲、國法として三十歲以上の男子に課するに音樂を以てしたりと云ふ。而して史家は彼の荒凉なるアルカヂア山國の人民の、能く殘忍の性より免れたる所以のものは、一に此れを音樂の賜なりとせり。凡そ我國到る處として、武士を教ふるに溫雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは僅に其一例たるに過ぎず。白河樂翁公の、心に映るまゝを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、答無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の蟲の音は殊に哀れなり』と。

新字:却つて是れ噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビアスの伝ふる所によれば、往古アルカヂアに於ては、其厳慄なる風土の峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は彼の荒凉なるアルカヂア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、一に此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは僅に其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るまゝを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、答無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。

書き下し

却つて是れ、噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビオスの伝ふる所によれば、往古アルカディアに於ては、其厳慄なる風土の、峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は、彼の荒涼なるアルカディア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、ひとへに此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは、わずかに其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るままを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、咎無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。

現代語訳

むしろそれは、しみじみと切ない琵琶の音が、猛った心を和らげ、思いを血なまぐさい風雨の外へ向かわせるものでした。ギリシャの歴史家ポリュビオスの伝えるところによれば、昔アルカディアでは、その厳しい風土が険しい性情を与えるのを和らげるため、国の法として三十歳以上の男子に音楽を課したといいます。そして歴史家は、あの荒涼としたアルカディアの山国の人々が残忍な性質を免れたのは、ひとえに音楽のおかげだとしました。わが国のどこでも、武士を教えるのに温雅な質と優美な性を用いないところはありませんでした。薩摩藩などはわずかにその一例にすぎません。白河楽翁公が心に映るままをそこはかとなく優雅な筆に記した中に、こういう言葉があります。枕に通ってきても咎めようのないものは、花の香り、遠い寺の鐘。霜の夜の虫の音はとりわけ哀れである、と。

解説

荒れやすい気質を音楽で和らげるという方法が、二つの土地から示されます。古代アルカディアでは法として音楽を課し、薩摩では若い武士が琵琶を嗜んだ。荒い土地ほど芸が要るという逆説です。そして松平定信の一文が引かれます。枕元に来ても咎められないもの、花の香、遠くの鐘、虫の音。厳しい改革者として知られる人物の、こういう感受性が並べて置かれているところに、この章の狙いがあります。

この章句が説くこと

音楽情操和らぎ薩摩定信

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