礼記 / 少儀
乘兵車,出先刃,入後刃,軍尚左,卒尚右。賓客主恭,祭祀主敬,喪事主哀,會同主詡。軍旅思險,隱情以虞。
新字:乗兵車,出先刃,入後刃,軍尚左,卒尚右。賓客主恭,祭祀主敬,喪事主哀,会同主詡。軍旅思険,隠情以虞。
書き下し
兵車に乗るには、出づるには刃を先にし、入るには刃を後にす。軍は左を尚び、卒は右を尚ぶ。賓客には恭を主とし、祭祀には敬を主とし、喪事には哀を主とし、会同には詡(く)を主とす。軍旅には険を思い、情を隠(おもんばか)りて以て虞(はか)る。
現代語訳
兵車に乗るとき、出陣するときは刃を前に向け、帰還するときは刃を後ろに向ける。軍の将は左を上位とし、兵卒は右を上位とする。賓客に接するときは恭しさを主とし、祭祀では敬いを主とし、喪の事では哀しみを主とし、諸侯の会同では機敏で勇ましいことを主とする。軍を率いるときは、地形の険しい所や奇襲を受けやすい所を思い、自分の力をよく考えたうえで敵の出方を推し量る。
解説
短い段だが、場面ごとに心の中心を何に置くかを簡潔に言い切っている。賓客には恭、祭祀には敬、喪事には哀、会同には詡という四つの対応は、礼の形は多様でも、その場で最も大切な心を一つに絞って臨めという教えである。鄭玄は、恭は外の容貌にあり、敬はさらに心にあると注し、会同の詡を、機敏で勇気があることと解して斉の国佐の例を挙げる。末尾の「軍旅には険を思い、情を隠りて以て虞る」について、鄭玄は、自分の力量を思い、それによって敵のなそうとすることを推し量ると注しており、『孫子』の「彼を知り己を知る」を思わせる。会議、接客、弔問と、一日のうちに場面が次々に替わる現代人にとっても、その場の主となる心を一つ決めてから臨むことは、よい準備になる。
この章句が説くこと
礼記少儀恭敬軍旅哀
関連する章句
-
礼記・少儀君子に僕たるには、君子升下すれば則ち綏(すい)を授く。始めて乗れば則ち式す。君子下りて行けば、然る後に還りて立つ。貳車に乗れば則ち式し、佐車には則ち否らず。貳車は、諸侯は七乗、上大夫は五乗、下大夫は三乗。貳車有る者の乗馬・服車は歯せず。君子の衣服・服剣・乗馬を観て、賈(あたい)せず。
-
礼記・少儀尊長の己に於いて等を逾(こ)ゆれば、敢えて其の年を問わず。燕見には命を将(おこな)わず。道に遇えば、見らるれば則ち面し、之(ゆ)く所を請わず。喪には事を俟ちて特(ひと)り弔せず。侍坐して使われざれば、琴瑟を執らず、地に画かず、手に容無く、翣(そう)せざるなり。寝ぬれば則ち坐して命を将う。射に侍すれば則ち矢を約し、投に侍すれば則ち矢を擁す。勝てば則ち洗いて以て請う。客も亦之の如くす。角せず、馬を擢(ぬ)かず。君の乗車を執れば則ち坐す。僕者は右に剣を帯び、良綏(りょうすい)を負い、之を面に申(の)べ、諸(これ)を幦(べき)に拖(ひ)き、散綏を以て升り、轡を執りて然る後に歩む。見えんことを請いて退かんことを請わず。朝廷には退と曰い、燕遊には帰と曰い、師役には罷と曰う。君子に侍坐するに、君子欠伸し、笏を運(めぐ)らし、剣首を沢(な)で、屨を還(めぐ)らし、日の蚤莫(そうぼ)を問えば、退かんことを請うと雖も可なり。君に事うる者は量りて而る後に入り、入りて而る後に量らず。凡そ人に乞仮し、人の為に事に従う者も亦然り。然り、故に上は怨み無く、下は罪に遠ざかるなり。密を窺わず、旁狎(ぼうこう)せず、旧故を道(い)わず、色を戯れず。人の臣下たる者は、諫むる有りて訕(そし)ること無く、亡(さ)ること有りて疾(にく)むこと無く、頌して諂うこと無く、諫めて驕ること無し。怠れば則ち張りて之を相(たす)け、廃すれば則ち掃いて之を更(あらた)む。之を社稷の役と謂う。
-
礼記・少儀燕(くつろ)ぎて君子に侍食すれば、則ち先ず飯して後に已む。放飯すること毋く、流歠(りゅうせつ)すること毋く、小飯して之を亟(すみ)やかにし、数(しばしば)噍(か)みて口容を為すこと毋かれ。客自ら徹し、辞すれば焉ち止む。客の爵は左に居き、其の飲めるは右に居く。介爵・酢爵(さくしゃく)・僎爵(せんしゃく)は皆右に居く。濡魚を羞むる者は尾を進む。冬は腴(ゆ)を右にし、夏は鰭(き)を右にす。膴(ぶ)を祭る。凡そ斉(せい)は、之を執るに右を以てし、之を居くに左に於いてす。幣を賛くるは左よりし、辞を詔(つ)ぐるは右よりす。尸に酌むの僕は、君の僕の如くす。其の車に在るときは則ち左に轡を執り右に爵を受け、左右の軌范(きはん)を祭りて乃ち飲む。凡そ羞に俎有る者は、則ち俎の内に祭る。君子は圂腴(こんゆ)を食わず。小子は走りて趨らず。爵を挙ぐれば則ち坐して祭り立ちて飲む。凡そ洗には必ず盥(てあら)う。牛羊の肺は、離して心を提(た)たず。凡そ羞に湆(きゅう)有る者は、斉を以てせず。君子の為に葱薤(そうかい)を択べば、則ち其の本末を絶つ。首を羞むる者は、喙(かい)を進めて耳を祭る。尊は酌む者の左を以て上尊と為す。壺を尊(お)く者は其の鼻を面にす。飲酒する者・禨(き)する者・醮(しょう)する者は、折俎有れば坐せず。未だ爵を歩(めぐ)らさざれば、羞を嘗めず。牛と羊と魚との腥(せい)は、聶(しょう)して之を切りて膾(かい)と為す。麋鹿を菹(そ)と為し、野豕を軒(けん)と為し、皆聶して切らず。麇(きん)を辟雞(へきけい)と為し、兎を宛脾(えんぴ)と為し、皆聶して之を切る。葱若しくは薤を切りて、之を醯(けい)に実(み)てて以て之を柔らぐ。其の折俎有る者は、祭肺を取りて、之を反し、坐せず。燔(はん)も亦之の如くす。尸は則ち坐す。
-
礼記・少儀抜来(ばつらい)すること毋かれ、報往(ふおう)すること毋かれ、神を瀆(けが)すこと毋かれ、枉(まが)れるに循(したが)うこと毋かれ、未だ至らざるを測ること毋かれ。士は徳に依り、芸に游ぶ。工は法に依り、説に游ぶ。衣服成器を訾(はか)ること毋かれ、身ずから言語を質(な)すこと毋かれ。言語の美は、穆穆皇皇(ぼくぼくこうこう)。朝廷の美は、済済翔翔(せいせいしょうしょう)。祭祀の美は、斉斉皇皇。車馬の美は、匪匪翼翼(ひひよくよく)。鸞和(らんか)の美は、粛粛雍雍(しゅくしゅくようよう)。国君の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く社稷の事に従えり」と曰い、幼なれば、則ち「能く御す」「未だ御すること能わず」と曰う。大夫の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く楽人の事に従えり」と曰い、幼なれば、則ち「能く楽人に正さる」「未だ楽人に正さるること能わず」と曰う。士の子の長幼を問うに、長ずれば、則ち「能く耕せり」と曰い、幼なれば、則ち「能く薪を負う」「未だ薪を負うこと能わず」と曰う。玉を執り亀策を執るには趨らず、堂上には趨らず、城上には趨らず。武車には式せず、介者は拝せず。
-
礼記・少儀聞く、始めて君子に見(まみ)ゆる者は、辞して曰く、「某(ぼう)固(もと)より名を将命者に聞かしめんことを願う」と。主に階(すす)むことを得ず。敵者には曰く、「某固より見えんことを願う」と。罕(まれ)に見ゆるには「聞名」と曰い、亟(しばしば)見ゆるには「朝夕」と曰い、瞽(こ)は「聞名」と曰う。喪有る者に適(ゆ)くには「比」と曰う。童子は「聴事」と曰う。公卿の喪に適くには、則ち「役を司徒に聴かん」と曰う。君将に他に適かんとするに、臣如(も)し金玉貨貝を君に致さば、則ち「馬資を有司に致す」と曰う。敵者には「従者に贈る」と曰う。臣、禭(すい)を君に致さば、則ち「廃衣を賈人(こじん)に致す」と曰う。敵者には「襚」と曰う。親者兄弟は、襚を以て進めず。臣君の喪の為に、貨貝を君に納むれば、則ち「甸(でん)を有司に納む」と曰う。賵馬(ほうば)は廟門に入る。賻馬(ふば)と其の幣と、大白・兵車とは、廟門に入らず。賻する者既に命を致さば、坐して之を委(お)き、擯者(ひんじゃ)之を挙ぐ。主人は親ら受くること無きなり。
-
礼記・少儀婦人の吉事には、君の賜有りと雖も、粛拝す。尸と為りて坐すれば、則ち手拝せずして、粛拝す。喪主と為れば則ち手拝せず。葛絰(かつてつ)にして麻帯。俎を取り俎を進むるには坐せず。虚を執ること盈(み)てるを執るが如くし、虚に入ること人有るが如くす。凡そ室中堂上に祭るには跣(せん)すること無し。燕には則ち之有り。未だ嘗(しょう)せざれば新を食わず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る